掛川奮闘記

2003年12月15日(月) 031215_秋葉神社の鳥居

【部課長会議〜日本救済計画】
 市長から来年の生涯学習25周年、市制施行50周年にあたっての考え方として、「生涯学習、歩行文化、スローライフ、報徳思想による日本救済計画」というアイディアが発表された。

 いままで生涯学習運動を25年間続けてきて、様々なことをやってきたが、これらを集大成して総括的に行うことで、閉塞感漂う我が国を根本から救済する壮大な問いかけを世間に対して行おうというのである。

 これらの事業は、個々には環境省(ウォーキング協会所管)、国交省(道、地域連携)、農水省(森林環境、グリーンツーリズム)、文科省(生涯学習、体育)、厚労省(健康問題、老人問題、各種年金問題)、経産省(街中再生、TMO)、そして総務省(地域連携、地域振興)という7省にまたがる問題なのだが、これらを一省だけの視野の狭い問題とせずに総合的に自治体レベルで解決のキーワードを提示しようという壮大なものである。

 市長と私で夜遅くまで考えを練ったり、レジメを修正したりしていろいろと企みを巡らせているのである。

 さてどうなりますか。案外ひょうたんから駒ということもあるかもしれませんぞ。

 掛川市は平成17年3月28日に合併ということで、これまでの掛川市は一度解散をすることになる。いままでの掛川市として最後の一年を来年迎えることになるのである。

 一発大きな花火を打ち上げて終わりとしますか。どうせ上げるなら大きな方が良いしね。 


【秋葉神社例祭】
 地元の第五地区の区長さんから招かれて、秋葉神社の例祭を行うので来ませんか、というお誘いを受けた。

 市内には防火信仰の秋葉神社につながる秋葉路があって、昔は道路をまたいで大きな鳥居があったのである。

 この鳥居は版画家安藤広重の版画にも掛川を表す題材として用いられたものがあるくらいで、由緒正しいのである。

 秋葉神社の御祭神はヒノカグツチのカミで、この方は古事記によればイザナギとイザナミの間に生まれた最後の神様で、火の神故に生まれた瞬間にイザナミの体を焼いてしまい、イザナミを黄泉の国へ向かわせた原因となった神様である。

 今でも町内会や消防団の代表は年に一度お札をもらいに行くところが多いと聞くし、年に一度の秋葉神社は欠かせないという人も多い。

 江戸時代は火事が多かったということもあって特に秋葉信仰が盛んになり、佐久間町の秋葉神社本宮に訪れる者は引きも切らずだったという。

 やがて大正頃に道路が拡張されるに伴って、お宮は移動し自慢の大きな鳥居もなくなり小振りなものに成り代わった。

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 そして今では鉄製の小さな鳥居があるが、これが事故か何かで傾きつつあり、地元でも鳥居復元の動きが出始めているのだという。

 そんなさなかに秋葉神社の本宮にお願いをして下社の宮司さんにわざわざお越しいただき、例祭を行うことで、鳥居復元の機運を盛り上げたいところである。

 今日は市の助役として招かれたが、私も実はこの地区の住民なので、ある意味では住民として参加をしたとも言える。

 今後鳥居の復元に町内を上げて取り組むというので、何らかの協力をして行こうと思う。

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 地区の古老の一人は、「昔は火事が起きると地区の人がこぞってお宮にお参りに来てさ。当時は賽銭箱なんてなかったものだからただお金を投げるんだな。それをわしら子供達が拾って小遣いにしたもんだよ。今はもうなくなっちまったけどね」
なのだそうだ。

 日本の信仰心は消えゆこうとしているようだ。


【懇親会in静岡】
 静岡で県内の国土交通省関係者の集いが開かれて参加する。

 改めて県内には国土交通省関係者が多いことに気づく、こういう集いを通じて連携の輪は広がるのだ。なんだかんだ言っても、ふるさとの組織は良い。

 これからもよろしくお願いします。


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こままさ