掛川奮闘記

2003年11月08日(土) 031108_皇太子殿下・妃殿下をお迎えする

【【障害者スポーツ大会、わかふじ大会開会式】
 晴天の下で、皇太子殿下と同お妃をお迎えしての第三回全国障害者スポーツ大会わかふじ大会の開会式である。

 皇太子殿下は大変徳の高いお方なので、イベントには晴れ男なのである。

 さて障害者スポーツ大会は、身体障害者スポーツ大会と地底障害者スポーツ大会を三年前に統合してから一本の大会として運営が行われているのである。

 アトラクションのダンスにも地元の障害を持った子供達が登場して、元気な踊りを披露してくれた。

 この大会、掛川市ではグランドソフトボールという、目の見えない人と弱視の人がプレイするソフトボールに似た球技の会場として大会の運営を支えることになっているのである。

 大会の成功を期したいものだ。

【皇太子殿下、妃殿下のお出迎え】
 そのグランドソフトボールの試合を皇太子殿下と雅子妃殿下のお二人がご視察をされることになっていて、私や市議会議長などがお出迎えとお見送りをするのである。

 お二人を乗せた車列が到着して、まずはお妃が降りられて続いて皇太子殿下が降りてこられた。

 雅子様は今日は紫色のスーツでお出ましになり、相変わらず美しくあらせられる。

 まず議長がお出迎えと先導のご挨拶を述べ、続いて私の番。市長は開会式に引き続いての昼食会で両殿下とご一緒だったのでここは私がお出迎えをさせて頂きます、ということと心からの歓迎を申し述べました。

 両殿下はテントの中で、用意された椅子に座られた。横にはソフトボール協会の会長が皇太子殿下に、副会長が妃殿下の横に座って質問をお受けしてはお答えをしていた。うらやましい…。

 両殿下がご覧になっている間に、一回裏の静岡県チームの攻撃では一イニングになんと三本ものホームランが飛び出した。天覧ホームランと呼ぶべきか。

 そのあたりでもう予定の十五分が過ぎてしまい、お二人は会場から離れられることになった。最後のお見送りでは殿下から「三本もホームランが出ましたね」とお声を掛けられましたよ。雅子様はにこにこしておられましたが。

 雅子様は今でも大人気で、「雅子様ー!」と黄色い声が飛ぶとそちらへ向かって手を振られていました。

 国体のおかげで皇室の皆様と近くでお目にかかることが出来るとは、ありがたいことであります。  


【古事記と琴の夕べ】
 夜は、私が主催する「古事記と琴の夕べ」というイベントを行うために事任八幡神社へ向かう。

 この神社の宮司さんの奥様とお話をしているうちに、いつのまにかこのイベントを行うことになってしまっていた。元々は満月の夜に捧げる神事を拝見したい、という発想だったのだが、「宗教儀礼ではこのスローライフイベントになじまない」という声と同時に「そもそも満月の神事は年に一度九月だけに行われるもので、見せ物ではない」ということで、当初の考えは没になったのである。

 そうこうしているうちに、それなら神様の事が書かれている古事記をお話ししよう、ということにしたのだが、そのうちに「琴を弾ける人を知っているので、それも一緒にやりませんか」という方がいて、「それならお抹茶のお茶も点てましょう」という人、さらには「月に関する和歌を詠じたい」という人まで現れて、まさに知らず知らずに導かれてきたようである。

 前日の天気予報は「夜からは雨」というものであったが、どうしてどうして雲一つ無い夜にこうこうと満月が輝くという最高の日和である。

    ※    ※    ※    ※

 一応会場の関係で定員は30名と言うことにしましょう、としていたのだが、イベント前は忙しくて全然宣伝も動員もできなかった。

 そのため、「せいぜい数人くらいしか集まらないのじゃないかな」と思っていたのだが、お社に来てみると事前の電話連絡で約三十名くらいにはなっているとのこと。

 聞けば前日に地元の静岡新聞にその記事が載ったのだそうで、さすがに新聞の効果は絶大だ。また当日には中日新聞にも出たそうです。掲載、誠にありがとうございました。

 そうして受付あたりでたむろしていると、三々五々、ぱらぱらと参加者が集まってくる。どうも三十人よりもいる感じ。

 今回の古事記のお話は、会場を八幡宮の拝殿をお借りして行うことにしていて、椅子席で三十数席を用意したはずなのだが、あっという間に席が埋まり、追加の椅子を出したりして準備に大わらわであった。会場が満員で入りきれなくなったために、最後にはいろうと思っていたスタッフ数人があきらめて外で待機するというハプニングも起きた。

 後で数えた方は、拝殿の中には五十数人の方がいた、ということなので、随分飛び入りが多かったものである。

 拝殿では私と宮司さんの二人が、拝殿の廊下部分の両側に分かれて椅子に座る。いよいよイベントの開始である。前日に宮司さんと軽い打ち合わせをした限りで、今日のレジメも来る直前につくったもので、三十分ほど前にお見せしたもので、こんな準備状態でうまくいくのかが心配である。

 さて古事記の講話は、はじめに宮司さんの息子さんで禰宜の潤さんの「祓詞(はらえことば)」を聞くところから始めた。神事に出席などをすると神主さんがなにやら最初にごにゃごにゃ言う、あれである。

 何を言っているのかを考えもしなければ、外国の呪文も同様だが、実はれっきとした日本語を述べているのである。

 その内容が実は、この世の多くの神を産んだイザナギの神が、亡くなった妻のイザナミを求めて黄泉の国へ行ったものの、イザナミを連れ戻すことがかなわず黄泉の国の汚れを流れで清めた際に生まれ出た多くの神様に対して「願いを聞き入れて下さいませ」とお願いをする、というものであることを知っている人は少ない。
 そうしてその故事は古事記の中の一節に由来しているのである。

 そんなところから話を初めて、天地の開闢からイザナギ・イザナミの神産み物語、黄泉の国奇譚、天照大神、月読命、素戔嗚尊の三貴子の誕生、スサノオの乱暴狼藉からアマテラスが天の岩戸にお隠れになったおなじみのお話、さらには大国主命のスサノオ訪問までの物語を、宮司さんとの掛け合いで進めました。

 途中で月読命(つくよみのみこと)が誕生したところでは、月にちなんだお歌を詠じて頂くブレイクタイムもとり、趣向を凝らした一時間となりました。

  今日のお話の最後は、後の大国主命となるオオアナムヂがスサノオの娘のスセリヒメと駆け落ちをする場面で、この脱出の最後に持ち出した琴が奇に引っかかって音を鳴らし、スサノオがそれで目覚めるというシーンがあるのである。

 今日はそこまででおしまいにして、琴が出たところで第二部の琴の演奏に引き続くという憎い演出である。なにしろ心ゆくまでお話をすることが出来ました。良かった良かった。

【古事記と琴の夕べ〜第二部】 
 本日の第二部は、会場を誉田宮司さんのお宅をお借りしての琴の演奏である。

 演奏は辻洋史君で、二十一歳で琴を始め三年間勉強を続けてきたという。本日の演目は、「六段の調べ」、「日本古謡」、「三段の調べ」の三曲である。

 こちらは明かりにこだわって、敢えて和ロウソクを用いてみた。洋ロウソクとは明かりが断然違って明るいのだが、和ロウソクの方は、ときたま芯を取らないと行けないというのが難点だ。

 そんな雰囲気の中、五十数人が緋毛氈の上に座り、琴を聴いた。

 辻君はなんだかんだ言っても、今日のこの演奏が多くの聴衆を前にして琴を弾くデビューなのである。デビューがこの神社と言うことであれば、将来の成功は疑いなし、と思いたいところである。

    ※    ※    ※    ※

 無事に演奏も終了して、最後は第三部のお茶の時間である。お菓子は出雲の「俵まんぢう」。上品で美味しいおまんじゅうである。

 お茶を飲みながら後はごくお気楽なおしゃべりの時間である。感想を求めてみると、皆さん結構気に入ってくれていて、お褒めの言葉を多く頂戴しましたよ。

 「まだ続きが聴きたい」などと言われるとさらにやる気が起きますが、「うーん、日本人ならこのお話を聞かなきゃ駄目だ!」はちょっと乗りすぎですな。

 でもこんなに優れた文学を先祖が残していながら現代日本人がほとんど知らないというのはなんとも嘆かわしいものです。

 そのうち因幡の白ウサギの話だってみんな若い子が知らない時代になっちゃうよ。

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 さてさて、お茶の後は自然散会としましたがあちこちで四方山話をする固まりが出来てなかなかお開きとならない。それほどみんな良い雰囲気になっていたようです。

 最後にはスタッフ数名が残って誉田さんのお宅で、「成功で良かったね」という感想を述べ合う時間を十分に取りました。

 スタッフ一同、充実した時間を過ごせて喜んでおりましたよ。まさに大成功ですが、これもなんだか神様に見守られていたような気がします。

 ちなみに私は今日の一日の間に、午後には天皇家の末裔の皇太子お妃両殿下にお目にかかることが出来、そしてその日の夜に皇室のご先祖である天照大神のお話をすることが出来ました。
 
 これも何かの縁でしょうかねえ。

 スタッフの皆さん、ご苦労様でした。 


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こままさ