先日の日記にも書いたように、7日未明ウチの愛犬が死んだ。 夢でもなく虚構でもなく、現実に。ほんとうに。 そのとき、わたしは39.0℃近い高熱状態であったから、 その事実はとにかく後回しでとにかく自己治癒に専念した。 次の日起きるとすでに死体は回収され、ケージも撤収され、 ぽっかりと空間だけが残されていた。 事実に目を背けていたわけではないのに、 ふと気が付くと存在していた場所を見やってしまう。 今朝もそうだった。 わたしが出勤する頃は大抵家族はもういないから 家の中は静まり返っているのだけれど、 それでも愛犬の寝息があるだけでだいぶ違っていた。 いなくなって初めて気がついたのだけれども。
ここ半年くらいで、足腰が急激に弱くなってしまっていて 起き上がるのもすごく億劫なように見えていた。 老年といえば老年だったのだろうから、それは仕方のないことだと思う。 寄る年波には誰しも抗えないのだから。 ただ悔やまれるのは、その老体をリードを引っ張って無理矢理起き上がらせようとしたり 散歩用の綱で身体を打ち付けたりしていた父の行為だ。 しばしば罵声を浴びせることもあった。 わたしにはかなり耐えがたいことだった。 たとえば、だ。 目の前にいるその老犬が、ひとだったらば。 あなたはやはり同じことをするのか、と問いただしたかった。 わたしは3年弱の間高齢者福祉に携わっていた人間だから、 介護のいろはくらいは心得ているつもりで、 それは人間も犬も変わらないと思っている。 子犬の躾のときとは違うのだ。 そそうをするのも、わからなくてしてるのではない。 叱ったから直るわけでもない。 学習能力は格段に低下しているのだ。 記憶すらも斑になり始めているのだ。 寧ろわかっていても、どうしようもないのだと思う。 だから立つということに対しても「立たない」ではなく「立てない」のだ。 ゆっくり時間をかければ自分で立てるものを、 何故父の都合で急かされなければならないのか。 同じことを人間の高齢者にすれば、たちまち虐待と言われるようなこと。
それをやんわりと言ってはみたけれど、聞く耳持たれなかった。 悔しかった。 救えなかった己の非力さすら恨んだ。 同じことをいつかあなたにもしてやろうか、と誓ったりもした。 我ながら恐いな、とも思うけれど。
一番ショックだったのは、愛犬が亡くなる少し前の出来事。 胃腸が弱っているらしくて、ごはんや水分をほとんど取らなくなってしまった頃。 父が知らない間に愛犬に牛乳をやっていた。 「牛乳は飲むんだよ。飲んだあとすぐに吐くんだけどね」 と笑って言うのだ。ゾっとした。 そのとき父は酔っていたから笑っていたのかもしれないけれど、 酔うとよくわからない行動をするひとだから、 酔ってるときにも何か変な物を与えていたかもしれない。 わたしは真剣に「それって殺したいわけ?」と言ったのだけれど、 それも笑って返されてしまった。 ついこの間のことだ。 だからわたしは父が愛犬を殺したのだ、と5割くらいは思っている。 そしてそれを止められなかったわたしも重罪なのだと。
今日、初めて涙が出た。別れが悲しいんじゃなくて。 苦しかっただろうな、辛かっただろうなと思うと やるせない気持ちでいっぱいになってしまう。 たかだか3日間高熱で苦しんだだけでも結構辛かったのだから、 何も食べられず、飲めず、吐くだけの生活なんて 耐えられたものではなかっただろう。 それでも手負いの獣のように牙をむく性格は直らなくて、 最期まで頑固だったなと思う。
天国で幸せになっていてくれればいい、と思う。 そうであることを願いたい。
犠牲者はもういらない。 きちんと「飼う」ことの意味がわかっている家庭にこそ 愛玩家畜の存在があるべきなのだ。
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