403 Forbidden

2004年01月04日(日) カインの末裔

カッコイイ文章を書くのには些か飽きた。

編集者に我侭を言い、大好きなホールアンドオーツのMDと翻訳機と僅かばかりの着がえを持って空港へ向かった。市内を過ぎるあたりで東関道は渋滞していたが、スケジュールも待つ人も無い僕にとってそれはシナプスの無駄遣いを許された時間というだけだ。24時間前に、事務所で少しばかり休暇が欲しいと言った僕に、いつも僕の文章のアウトプットを支えてくれる彼女は普段預けっぱなしのパスポートと、わざわざ取材費としてそれなりの金を用意してくれた。これで彼女には暫く頭が上がらないんだろうな、と苦笑して、酔った勢いで一度だけ彼女を抱いたときのことをぼんやりと思い出していた。

美人ではない、むしろ少し不細工の部類に入る彼女は、入れたとたんにこっちが驚くほどいきつづけた。彼女にとってはそれが普通らしかったが、あれはあれで変な自信を僕に与えてくれた。よく考えれば、そのときからもう既に頭が上がらない存在なのかもしれない。

車の中で、何度もパスポートの存在を確認した。

駐車場に車を停め、カウンターの女に「外国へ行きたいんですけど、僕はどこに行ったらいいですかね?」と洒落で聞いてみた。女は素っ気無く「ニューヨークの便に若干の空きがございます」と答えた。なるほど、航空会社のマニュアルには格好つけたがる男の処理法も載せているらしい。僕は微笑みを絶やさずに「それを大人一枚」と答えてやった。チケットが手渡されるまで、女はずっと無表情だった。

飛行機はラガーディア行きだった。くそ、あの女嵌めやがったな、と海外小説のような台詞を口にしてはみたが、別に飛行機がケネディに着こうがラガーディアに着こうが、のっぽのビルに突っ込まなければどうでもよかった。そもそも、あの双子のビルはもう無いじゃないか。


空港からタクシーを捕まえて、調べておいたそこそこ安くて安全なホテルへ向かった。だが途中でひらめいて、運転手に頼んでワールド・トレード・センターの跡地へ迂回させた。縦長の風景を幾ばくか進み、あと2ブロック、というところで運転手は何か言った。自動車は現場に横づけすることができない、と僕のギリギリの言語能力で理解した。チップを多めに払ってタクシーを出ると雨が降りそうな中を、小走りに進んだ。

グラウンドゼロ。爆心地。

なぜ爆心地なのだろう?
グラウンドゼロへ行きたいと告げたとき、タクシーの運転手は僕のつぶやきに明快な答えを用意した。「ビルが崩れて何にも無くなった。何もないから場所だからグラウンドゼロ。ゼロは何も無いだろ?」そして、俺の友達の友達もそこにいた、と付け加えた。

前の通りのフェンスには、遺品や国旗が掲げられていた。不謹慎とは思ったが、剥き出しのエゴイスティックな感情に少し吐き気がした。

黒人の神父が隣で説教をしていた。
弟を殺したカインを、人類最初の殺人者となった彼を神は守られたのだという。だからテロリストも正当な裁きの上で、許さなければならない、と言っているようだった。周りの人は泣いているようだった。

物事はそんなに簡単ではない、と僕は悪態をつく。いや、正確にはそんなに難しくないとでも言うべきか。僕達は等しくカインの末裔であり殺人者の系譜なのだから、僕らは等しく人に嫉妬し、呪うことを許容すべきだ。

そう、最近考えたばかりなのだ。ゲリラに親兄弟を殺され、両手を切り落とされた少女の写真の、その瞳を見て。


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