きりんの脱臼
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2003年04月08日(火) 水須ゆき子

バクダンとウソとジユウをありがとう   なかはられいこ


 理工系の彼氏を持って一番良かったと思うのは、
 爆弾の製造工程をすぐ側で見せて貰えたことだった。

 こういうのは、
 なかなか見られるもんじゃない。

 文系一筋で来た私には、
 特に手伝えることも見つからなかったので、
 ひたすらペットボトル入り清涼飲料水の消費に努めることにした。

 たとえば、
 ノンシュガーの紅茶とか、
 新発売のスポーツドリンクとか。

 空になったペットボトルを、
 逆さまにして中をよく乾かしてから、
 半透明のビニール袋に効率よく一杯詰めて、
 私は彼氏のアパートまで夜の道を歩いて通った。

 ペットボトルが貯まる頻度は、
 だいたい週に一回くらい。

 それはつまり、
 私たちのセックスの頻度とイコールだった。

 回数的には、
 ちょうど良かったんじゃないかな。

 私はお金を出してペットボトル入り清涼飲料水を買い、
 彼氏はペットボトルを受け取って私とセックスをする。

 こういうのって、
 逆売春みたいな感じなのかしら?
 と私が聞いてみると。

 どうなんだろうな、
 でも俺は別に売ってるつもりはないよ、
 と言って彼氏は笑った。

 そっか、
 ビジネスじゃないんだ、
 と私は思った。

 どっちかというと、
 お互いボランティアだったのかも知れないね。

 そうした関係が半年も続いた頃、
 彼氏の仲間のアジトに警察が踏み込んで、
 彼氏も自分のアパートを引き払うことになった。

 初めて私の家に来た彼氏に、
 どこへ行くつもり?と聞いてみたら。

 多分もうあんたとは会えないところ、
 と言って彼氏は少し笑った。

 昼間会うのは今日が初めてだね、
 と私が言うと。

 夜だと職務質問されそうだから、
 と彼氏が答えた。

「大変だねえ。テロリストも」
「とりあえず、命がけだから」
「あたしは職務質問されたことなかったけど」
「だってあんた、いつもエプロンしてただろ」

 エプロンは無敵なのか、
 と私が感心すると。

 無敵なのはあんただよ、
 と彼氏が苦笑した。

 夫も子供も出払っている平日の居間で、
 彼氏は緑茶と煎餅を美味しそうに味わって。

 じゃあ俺行くから、
 と言って立ち上がった。

「身体には、気を付けて」
「うん」
「テロリストには健康保険だってないんでしょ」
「うん、まあ」
「全く因果な商売だよねえ」
「だから、商売じゃないってば」

 スニーカーに足を突っ込みながら、
 クスクスと笑う彼氏の背中を眺めていたら。

 私は、
 言い忘れていたことを思い出した。

「ねえ」
「何?」
「荷物になるなら、引き取るよ」
「何を?」
「ペットボトル」
「ああ、あれは」

 もう先に送ったから、
 と言って彼氏が振り向いた。

「大事な原材料だからね」
「そっか」
「ご協力、心から感謝してます」
「いえいえ、どういたしまして」

 そこまで送るよ、と私が言うと、
 いや止めときな、と彼氏が答えた。

「なんで?」
「あんたまで目ェ付けられるぞ」
「もうそんな近くまで来てるの?警察」
「まあ、用心に越したことはないでしょう」

 だけどあたし、
 今日もエプロンしてるし、
 大丈夫だよきっと。

 そして私は、
 中年女を気遣うテロリストの背中を押して、
 まるで大学生の甥っ子のような彼氏を門から見送った。


ぬくもりを分け合うために愛し合うわけではなくて 海風の音   水須ゆき子


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