危険域。 Master:(c)夏目

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2004年08月22日(日) ■
 世界で一つだけの花

 
 
 
 
 OSに行って来ました。
 中々いいところです。
 広すぎて一度校内スタンプラリーで迷子になりかけました。
 阿呆です。
 地図なんて夏目には関係ないらしいです。
 
 
 文系の学科を志望しているので、そちらの方で模擬講座を受講。
 何やらとってもうちの高校のテツオさんに似ておりましてね、すんごい熱視線かましました(笑
 かわいすぎてたまんない…ッ(悦
 そして絶対あんた趣味悪いよと言われるのだ(笑
 仏教系統の大学なので、それなりに内容を覚悟していたのですが、別にそんなことはない。でも考えれば確かにそうだわね。仏教って人間哲学じゃない。夏目大好きそういうの。色即是空と唱えたり、その意味を問うたり、人生においてあまり意味を成さないかも知れないけれど己の存在について模索したりと、そういうのを繰り返すのよね。
 すんごい楽しいv
 大好きだ〜vv
 真剣に聞き入っていたのはいいけれど、如何せん冷房が強すぎて…寒かったッス。頭にあまり内容が入ってこないほどに寒くて、惜しい思いをした。もう少し弱められないものか。アレは20度以下だろう。
 冷房嫌いの夏目にとっては辛い場所でした。
 これも一つの修行かしら?
 人工的な寒さで修行したって意味ないですよ。
 
 そしてその後、二階に移って座禅。
 ホントはあまりやりたくなかったらしいよ先生。
 でも要望が多くてやることにしたんだと。
 午前帯と午後帯にOSは分かれているんだけれど、午前は見本見せただけだったらしい。
 午後はやりたいって言う人が多くて(夏目もだけど)やることにしたんだって。
 先生とっても嬉しそうでした。
 そしていざ作法を教わって胡坐を組んだとき、

 「本当のやり方っていうのを教えるけど、これができる人は多分三人くらいしかいないだろう」

 とか言われて、どんなよ。胡坐だけじゃないの。と怯えながらやってみれば、…できるし。別にさした困難もなく。
 右足を左足太ももに乗っけて、左足を、右足太ももに乗せる。
 完全に組みきっちゃう感じね。
 できるでしょう?

 「おお、半分はできてる。凄い!」

 と大喜びの先生。
 だからいちいちかわいんだってこの人v
 そして先生の目に留まったのが夏目。

 「凄い! 完璧だ! ちょっとコレは凄いよ!」

 他の人とどう違うのかわからないけれど、どうにも夏目の組んだ座禅はとても美しい形になっていたらしく…絶賛v

 「この蓮の花のようにしっかり組まれた足、この直角さ加減、凄いよコレは。在校生でもここまで組める人はいない」

 何故だかべた褒め。
 なんだい、もしかして心密かに先生に思慕の念を送っていたことがばれたのかい。それともすんごい「かわいいなァ」とか思っていたことが?
 どちらにせよあまり褒められても嬉しくない。
 別段座禅が美しく組めたからといって社会の役に立つわけでもなしに、特別な特技になるわけでもなしに、自慢できるわけでもなしに。ただこうして、今日の日記分のネタになる程度で。
 その後、なんの嫌がらせか同じ学科のOSに参加していた人達に晒され、

 「みんなのほうを向いて。ホラ、ココの形がとても綺麗だろう。凄いよコレは、蓮の花ようになっていてね。コレは中々できないよ」

 夏目はそんなことよりも茶色くなって汚れている自分の靴下の裏のほうが気になっていましたがね。大問題ですよ。よかった、まだ綺麗なのはいてきて。脱ぐつもりなんてなかったから、とんでもないものをはこうとしていたもの。ホッとした…そして裸足じゃなくてよかったとも思った…。

 「裸足ならもっとよかったんだけど」

 ヤメテお願い…。
 そしてしばらく晒されて、それから数分間の座禅。
 背筋を伸ばして座るのは小学校のときの習っていた空手・習字・算盤・陶芸と、お茶の子さいさい。六年間正座をし続けたのだから、その手の体勢はお手の物。
 呼吸法を教わって実践してみるけど、中々難しい。半眼になれって言うけど、どうしても目を瞑ってしまう。
 雑念は流れてきてもいいのだと。追いかけず流れるままにしておけばいい。通り過ぎるのを待っていろだと。
 そしてそれが過ぎてから足を崩すと、とっても残念そうな先生の顔。
 そんなに好きか夏目の座禅。
 そして下に戻って進路相談会。
 
 「AOで」

 とか相談したら、相手の先生とんでもないという顔。
 何も特質すべき経歴のない夏目がAOを受験しても無駄なのだと。ほとんど不可能だと言われ、そんなものかと思った。別に落ち込まなかったのは、一般推薦あるしねと思っていたから。
 っていうか、一般推薦のほうが準備期間が長いからほんとはそっち希望だったの。やるならね。

 「夏目より上の子がいるから諦めてAOにしろと、担任から電話がかかってきたんです」

 と言ったら、物凄い驚いた顔。
 
 「貴方より上の子がいるって言ったの?」

 はいそうですと頷くと、テツオさんに似た先生と別の進路専門の女の先生が顔を見合わせてとても複雑そうな顔をしている。その表情がなんなのか判断はつかなかったけれど、どうにも解せないといった感じ。
 
 「今の時期にそんなことを言うなんて」

 とぼそぼそと。
 わからん。
 無理ってこと? って思ったら、成績を聞かれたので素直に答えると、再び驚かれた。

 「その成績で指定校無理って言われたの?」
 「夏目より欠席数が少ないんだそうです」

 素直だ夏目。
 自分が休みすぎたと正直に言っちゃってどうするんだい。
 阿呆だ俺。
 でも生徒会に入っているとは言えない。
 言いたくない。

 「…でもその成績なら、一般推薦の方が断然有利よ」

 と真剣な顔をして言われた。
 そりゃそうさ。
 
 「貴方の担任の先生がどういうつもりでAOにしろと言ったのかわからないけど、あたし達からは一般推薦の受験をお勧めするわ」

 担任に言うことなんて真に受けちゃいけない。

 「そうですね。なんか夏目もお話を伺っていると、何のためにAOを受けるのかよくわからないです。一般推薦の方が準備期間が長いので、夏目ももっとたくさん色んなことをやっておけるし。正直、AOだと期間が短いので焦っていたんです」

 早く決まるのだろうけれど、どうせひと月位の差だし。
 生徒会任期終わってから動き出すのだけれど、まぁそれは仕方のないことだし。どうせAOで受かる気はほとんどしてなかったから、だったら変わらないだろうなァと。
 んでもって、対策を聞こうとしたらテツオさん似の先生ってば。

 「あの座禅でAO受けたら? 僕だったら合格だね」

 よほど気に入ったんだね…そんな適当なこと言っちゃ駄目ですよ…。

 「いやァ凄かったんですよ。あれはもう、百人に一人の才能だね。それはもう、在校生の中にはあれほどできる人はいないよ。蓮の花がねぇ」

 またはじまったとこっちが苦笑していると、もう一人の女の先生が。

 「ああ、さっきあそこにいる在校生に聞きましたわ。綺麗だったそうですね。でもAOは無理ですよ」

 冷静だ。
 この人も好きだ。
 ナイスな対応だ。
 ステキな人…v
 
 「でもほんとに」
 「わかりました。素晴らしい座禅だったのはわかりました。でもAOは無理ですから」

 いやァまるで漫才を見ているようで笑いをこらえるのに苦労しましたわ(笑
 夏目だってはじめてやった座禅の形を褒められたからといってまさかそれでAOをとか言うほど馬鹿じゃないし愚かじゃないし無鉄砲じゃないので、それはわかっているんですが。
 どうにも笑えた。
 他人事のようの笑えた。

 「貴方の成績で一般推薦を受ければ、ほとんど大丈夫だと思うの。でも決して油断しないで、課題を一つ一つこなすことが大事。今はそうね、近代文学の作品を読みなさい。内容をしっかり理解して、できればレポートなんかを書くといいわね。OSや学園祭などにも積極的に参加してね」

 はいと一言。
 ありがとうございましたとその場を辞そうとしたとき、懲りずにおっさん、

 「毎週水曜日は一般人にも座禅を体験してもらっているから」

 はい…。
 なんだかとっても気に入られたようです。
 そしてあとで在校生(つまり先輩)に聞いたところ、その先生は実際お寺を持っていらっしゃるれっきとした和尚さんなのだそうでして。なるほどだからあんなに熱心に感心していたわけですな。
 どうやら夏目、次回からのOSでは「座禅娘」と名乗れば顔パスになるかも知れない(笑
 何が綺麗なんだかわからんよー。
 でも取り敢えず今日の分のネタになったからいいけどもね。


 
 人生は難しいです。
 例えばはじめは本当に腹が立って注意をしていたのに、それをし続けると段々自己の正当性を見失ってしまう。正しいと思えることはとても傲慢なことなのだと、そう思えてならない。
 今のこの歳に、確固たる正当性などと判断できるはずもなく、だったら誰も非難できるはずもない。けれど明らかにそれは違うのだと、そう思える自分もいる。ただそれを注意できるほど、だったら自分は正しいのかと言われると、それは違うのだ。
 きっと誰もが思うことだろうけれど。
 一つを注意してそれが直らなくて、どんどん相手の悪いところしか見えなくなっている最中、その事実にムカついて、八つ当たり状態で相手を注意し続けてしまって。
 けれど、自己の正当性を見失っている事実に気がつくけれど、それでも間違っていると思えるから、止まらない。そして同時に進行するのが、己はそこまで偉い人間なのかという、自己否定の思い。
 幾つになってもそれが肯定されることはないのだと思う。
 今の歳だからそう思うということはないだろう。
 けれど、だからこそ人が人を非難し、注意することはとても難しいことなのだと。そう思えば何も動けなくなってしまうけれど。でも、自己の発言に責任を重く感じている今の状態が、息苦しくて、でもそれが…当たり前のことなのだと思うからこそ、やめることができない。

 何が正しいとか、悪いとか、そういうのを定めることはできないと思うけれど、今の自分の自堕落さがとても嫌で、使えない自分がとてもとても邪魔で。
 迷惑をかけるだけなら消えてしまえといったのは自分だから。
 できる限りのことをできるだけやりたいと思うけれど実行できないから。
 引き受けたからにはやらざるを終えないけれど、そこに甘えがある自分がとても許せなくて。
 それでも実行できないのだから、どうにも言いようがない。呆れてくれ。詰ってくれて結構。何より自分が一番嫌気がさす。
 
 変わろうと思うことがあるからこそ、それを考えられるからこその成長なのだろうけれど。

 生きることは難しい。
 きっといつだって、生きている限りは悩んでる。
 それでも前に進むしかできないから。
 誰もが同じように苦しんでいるのだと、それが事実だからこそ、逃げるわけには行かないのだろう。
 明日の自分が今日よりも一歩先に進めていればいいと、ただひたすらそう思う。




 ではでは。
 本日はコレにて失礼。


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