Spilt Pieces
2009年12月17日(木)  嘘
結婚した。
親元を離れ、現在中部地方に住んでいる。
寂しさはもちろんあるけれど、
日々の生活を幸せだと思っていた。


ばかなことを言い合って、
一緒に家具や家電を選び、
一緒にご飯を作り、たくさんキスをして。
お風呂で背中を流し合う。
いかにも新婚らしいといえばそうかもしれない。
ただ、毎日が新鮮で、楽しみで、
こんなに幸せを感じられるだなんて、思わなかった。
結婚前は、それこそマリッジブルーでひどいものだったから。


それなのに…何かが音を立てて崩れた気がした。
延々話し合って、気持ちをぶつけて、
一応和解をしたのだと思う。
過去のことに振り回されて今という時間を失うのは、
あまりにもばかげているように思えたから。
私自身、この生活を失いたくないのだ。
手を繋いで眠るとき、彼の手が暖かい。
それが、こんなにもほっとするだなんて。
それを、失うことがこんなにも怖いだなんて。
だから、ぶつけきれなかった。


切なくて、苦しくて、たまらない。
今の彼のことは、信じようと思う。
でも。
過去の、彼の、感情。
推測を通り越して、知ってしまった気持ち。
彼の言葉。
見たくなかった。
うっかり、目にしてしまったあの日の日記。
彼の文字。
疑いようもなかった。
彼も、否定しなかった。
否定…できなくても、してほしかったよ。
苦しい。


私は、本気だった。
本気で彼と向き合って、本気で彼を大切にしようと思った。
生まれて初めてお付き合いをした人が、彼。
だから、求められることも、怖かったけれど、
そういうものなのかなと思ってしまった。
今思えば、なんと自分本位で、身勝手な欲求。


付き合い始めて一ヶ月で、私たちは遠距離になった。
彼は仕事の忙しさもあって、段々と気持ちも離れていった。
そう思って、我慢できなくなったとき、別れた。
ずっと、そう思ってきた。


でも、そうじゃなかった。
最初から、優しい言葉を囁いていたあの頃から、
本当は彼は本気ではなかったのだと。
もしかしたら感情表現が下手なだけなのではとか、
忙しいから余裕がなかっただけなのではとか、
抱いていた甘い幻想は悲しいほどに、
あっけなく打ち砕かれた。


2005年3月16日。
よりにもよって、私たちが初めて結ばれた日の翌日だった。
私が町を離れる日。
不安で、寂しくて、たまらなかった日。
彼は日記にこう記していた。
「あまりさみしくないってことは、本気じゃないのか」
自問自答。
残酷。


離れることが寂しいから、その前に、絆が欲しいと彼は言った。
当時の私は、彼に許すことをとても怖いと思っていたけれど、
大切な人だと思っていたし、そうすることが必要なのだと
思ってしまったから。


付き合って一週間で、彼は合コンに行っていた。
私からの電話を、嫌がっているようなコメントもあった。
段々離れていったのだと思っていた。
距離のせいだと思っていた。
でも、そうじゃなかった。
本当は、最初から、彼は嘘をついていた。
別れなど、目に見えていた恋愛だった。


どうして、彼の気持ちに気づくこともなく、
彼の欲求にだけ応じてしまったんだろう。
あの頃のこと、彼があまり覚えていない理由が分かった。
私のことなど、彼の意識の中になかったのだと。
ホワイトデーにもらった小さいクマのぬいぐるみ。
ずっと、別れてからも、腕が取れてしまっても、
ばかみたいに、大切にとっておいていた。
ボンドでくっつけて、飾っていた。
未練だったんだろうか。
思い出や、物を、捨てることなどできなかった。


引っ越し荷物の中にあったクマを見て、彼は
「さとは本当にクマが好きなんだね。これも買ったの?」と言った。
あなたから初めてもらったプレゼントだった。
心が痛い。


やり直そうと言われたとき、私は断るつもりだった。
でも結局、必ず変わると言った彼の言葉を信じて、
試してみようと思って、再開することにしてしまった。
過去の痛い思いなどない人と、付き合えばよかった。
こういう苦しい感情が湧き上がってくる度、
思わずにはいられない。


誰かの日記を盗み見するなど、したことがなかった。
郵便物も然り、携帯電話も然り。
それなのに今回、それとは知らずに手に取った黒いカバー、
何気なくめくってしまったページ、
一番見たくないものが目に入った。
あの頃だけは、愛されていると思いたかった。


日記を見てしまったこと。
当時のあなたの気持ちを知ってしまったこと。
これから先、何を信じたらいいのか分からないこと。
今すぐあなたの前からいなくなりたいくらい、
苦しいこと。
書き連ねて、メールした。
彼は、残業も放ってすっ飛んで帰ってきた。
私の顔を見て、ただひたすらに頭を下げた。
何の言い訳もすることなく。
「ごめん」
そんな神妙に謝られたら、怒鳴れない。
叫べない。
出て行けない。
やめてよ、ばか。


付き合っていくうちに気持ちが高まっていくタイプ、
だと本人は言う。
高まる前に離れてしまったのだと。
だが私は言いたい。
高まっていないなら、奪うべきではなかったと。
心にもない言葉で私を騙して、愛情を信じさせるべきではなかったと。
あなたが愛していると囁きながら、
本当は愛してくれていなかったあの頃、
私は、あなたの気持ちにどう応えたらいいのか、
毎日のように苦しんで、悩んで、思いつめていた。
過去は過去。
でも、私は私。
今さら、と思うかもしれない。
だけど。
やっぱり、傷つく。
深く、今までにないくらい。


信じてくれと、誓って今の気持ちに嘘はないと、
神妙な顔で彼は言い続けた。
夕食も取らず、私が呟き続ける言葉を隣で正座して、
ただひたすらに話を聞き、謝り、涙目だった。
でもそれ以上に、私の涙も止まらなかった。
怒りというよりも、悲しい。
悲しくてたまらない。
ひどい裏切りを受けた気分だ。
気分だけではなく、実際に、裏切りでしょう?


今の彼の気持ちは、信じてもいいかなと思う。
それくらい、やり直して以来、ずっと優しくて、
大切にしてきてくれたと、知っているから。
だからこそ、苦しい過去がある同じ人だと知っていながら、
大事な家族と離れて暮らさねばならないと分かっていながら、
彼を選び、結婚したのだから。


だけど、あの頃の彼のことを許せるかというと、
正直よく分からない。
和解したつもり…ではあるけれど、もしかしたら、
今を失いたくないがゆえの自分なりの妥協なのかもしれないと思う。
その証拠に、彼と、キスをしたくない。
抱きしめられると、びくっとしてしまう。
ほんの数日前まで、幸せでたまらなかった瞬間。
何かが、変わってしまいそうだ。


彼の喜ぶ顔を見たいと、料理も頑張ろうとした。
慣れない家事も、毎日している。
だけど、義務感に変わってしまったら、
楽しくない。
何もしたくない。


何なんだろう、この空虚感。
ぽかんと胸に穴が開いて、そのまま、蹲りたくなる。
胃の底の方から、苦しい感情が、悲しい感情が、
全身を巡って、ふわふわするような感覚。


どうしよう。
私はまた彼を愛せるんだろうか。
不安だよ。
怖い。
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