| Spilt Pieces |
| 2003年03月31日(月) 過程 |
| 日記をつけている時間がなかった。 頭の中で書きたいことをまとめていたつもりなのに、いざ書くとなると忘れてしまう。 いつものことだが、自分の記憶力の弱さには困る。 ポジティブに考えるなら、その分瞬間的なものを大切にできる、ということか。 とりあえず、今日から4月3日分までは思い出し日記。 3月末〆切のレポートを、実際に当日まで放っておく癖はいつの間についたものか。 手を抜いても何となることを知ってしまって以来、どうにもやる気が出ない。 本年度の成績が出ているというのでその確認がてら、お昼前に家を出た。 結局、事務の都合で見られなかったのだけれど。 手を抜いても、最終的に出来上がるもののレベルが同じならそれはそれで構わないと思っていた。 要領のよさが身につき始めた頃の私には、こう考えることが自分を誤魔化すには得策だったからだ。 「過程が大切だよ」 この言葉は、幼い頃周りの大人たちから何度も聞いた。 耳にタコができるほどだった。 でも、その過程を実際に認めてくれる大人はほんの少し。 がっかりした顔で、「でもよく頑張ったよね」なんて言わないでほしいと思った。 だったら最初から綺麗事など言わなければいいのに。 「よい大人というのは、ポーカーフェイスのうまい人のことをいうのだろう」 そして、だから社会でも色んな部分が腐っていっている。 どちらがいいのか、未だに分からない。 心のどこかでは、囚人ジレンマみたいな駆け引きは欲しくないと祈っている。 経済が苦手な言い訳にはならないだろうけれど。 子どものままの部分。 私の一部。 大人の反応と言葉の不一致に悩むのは、子どもにとってはおそらく無駄な時間。 だから、単純に、手を抜いたときに失敗するような社会になればいい。 言葉のない、生き方の説得。 だけど生憎、世の中そんなにうまくできていない。 そして我儘な私は、手を抜いたときですら、あわよくばうまくいけばいいと願う。 「失敗したい」と思いながら何かに取り組むなんてできないのだから。 努力の仕方を思い出す、と言ったら変な表現かもしれないけれど、私は今力が欲しい。 踏み切ろうと思ったときのために、いつだって白いスタートラインがついてきていているんだと思う。 それを踏み切るための力が欲しい。 余分なものはいらないけれど。 「スタートに遅いも早いもない」 「過程が大切」と言った大人のかつての言葉。 何回でも、信じてみようかな。 |
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