| Spilt Pieces |
| 2003年03月29日(土) 大阪弁 |
| 正しい戦争があるだやなんて、どうしたら言えるのやりまひょ。 人を殺してそれが正当化される行為を、一体いつまで世界は容認し続けるのやりまひょ。 これまでの歴史で、それがいかに愚かいなことであるんか、分かるはずやのに。 争いが起きる理由は、それぞれが異なる幸せの形を思い描いとるからなんやろうんやけど。 願わくば、その「幸せ」の形が、利己的な欲求に拠ったもんやおまへんでうに。 私は、関東に生まれて関東に育ったので、関西の言葉はよく分からない。 ただ、温かいなあといつも思う。 悲しい出来事すら、笑い飛ばして先へと進もうとしているのではないかと思うほどの強さを感じる。 単に、私の周りにいる関西出身の友人たちが、そういう明るさを持った人であるだけなのかもしれないけれど。 私は標準語しか話せない。 でも、関西弁って好きだなと思うことが多い。 普段からこう考えていたら、たまたま標準語を関西弁に変換してくれるサイトを見つけたので、試しにやってみた。 …自動変換だから、違う部分もあるかもしれないけれど、どこが間違っているか調べようもないのでそのまま。 人の言葉は、国や地域によって様々だけど、それぞれの体温があって心地いい。 外国語や訛りの多い言葉など、たとえ聞き取れなくても、ぬくもりがあれば好きになれる。 単純に、コミュニケーションの手段としてだけじゃなく、響きが好き。 人間の大発明であると思う言葉で、憎しみではなく優しさや愛情を届けられる社会になればいいのにと思わずにはいられない。 ちなみに、冒頭に書いた言葉の原文は以下のもの。 最初普通に書いていたのだけれど、何だか悲しくなってきたのだった。 正しい戦争があるだなんて、どうしたら言えるのだろう。 人を殺してそれが正当化される行為を、一体いつまで世界は容認し続けるのだろう。 これまでの歴史で、それがいかに愚かなことであるのか、分かるはずなのに。 争いが起きる理由は、それぞれが異なる幸せの形を思い描いているからなのだろうけれど。 願わくば、その「幸せ」の形が、利己的な欲求に拠ったものではありませんように。 |
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