2005年06月24日(金)  なんとなくといえばなんとなく。
 
ソーシャルネットワーキングのサイト、通称SNSのmixi。やってる人はやってると思うがやってない人は招待状を受けていないのでやりたくてもできないというこの排他的な感じ。僕はあまり好きではない。好きではないのに未だに登録しているのは、なんとなくといえばなんとなくで、明日もしきれいさっぱりmixiという存在が消えていたとしても僕は全く困らない。困らないしなくなったことすら気付かないかもしれない。でも未だに登録しているのは、なんとなくといえばなんとなく。
 
この「なんとなくといえばなんとなく」僕のパーソナリティを形成する上で重要な要素になっていると思う。たとえばこの日記。約5年間も書き続けている理由はなんとなくといえばなんとなく。やめるきっかけもないから書いてます。という実にふざけた理由で書いているのだが、これは誰にも迷惑かけてるわけじゃないので、書きたければ今後もずっと書き続ければいいと思う。
 
しかし恋愛だけはなんとなくといえばなんとなくではいけないはずなのに、僕は昔から恋愛に対して「なんとなくといえばなんとなく感」が払拭できず、こう、全力で相手を愛することができない。一体これはどういうことか。なぜこんなにも冷めているのか。冷静と情熱の間からちょっと冷静寄りなのか。
 
僕はこう思う。冷静と情熱の間からちょっと情熱寄りの人がものすごくmixiを楽しんでいるのではないか。狭い世界でポジティブに。好奇心に目を輝かせ、未知の相手にただならぬ関心を寄せ、全力でアピールする。よし、今度はオフ会で会いましょうなんつってお洒落して繕って装って偽って。でもそれはとても情熱寄りなことだから全く悪いことではない。
 
でも僕はちょっとだけ冷静寄りで、情熱冷静云々の前に出不精であるので、オフ会には全く参加しなくなったし、ひどいことにmixiに届いたメッセージさえ返信しないこともあるし、ただ「なんか楽しそうな人なのでマイミク登録していいですか?」なんてメッセージをもらっても承認もしないし拒否もしない。ただそこに返信されないメッセージがあり続けるという、僕のmixiの画面はそんな無気力な状態になっており、なんでお前は返信もせず、交流も広げようともせずにmixiなんて続けているのかと問われると、やっぱり答えはなんとなくといえばなんとなく。愛も平和もなんとなく。
 

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