2004年06月15日(火)  ずる休み。
 
閉鎖病棟。18歳の少年がテレビの前に立ち、流れてくる歌をうたっている。直立不動で。一心にテレビを眺めながら。その風景が見えるナースステーションで、一人看護記録を記入している。彼の楽しそうな歌声が、夕日と一緒に午後6時のナースステーションに入ってくる。
 
知的障害をもっている彼は、とある犯罪を犯した。そして精神鑑定の結果、この精神病院に入院した。親元を離れ、友達と別れ、この閉鎖病棟に入った。ここは彼と同年代の人間はいない。だから一人で漫画を読んだり歌をうたったりしている。震える手でスタンガンを持ち、ある場所に侵入した彼。それにはちゃんと理由があった。
 
「神様もずる休みしちゃってしょうがねぇなぁ」
 
彼がここに来たとき、同室の年輩の患者が彼を見てそう呟いた。もう何年もここに入院しているその患者は、一日中妄想に支配されて意味不明のことばかり言っているが、なぜか、その言葉だけは、なんとなく理解できるような気がした。
 
仕事が終わってから、18歳の少年とオセロをして帰る。勝ってばかりも大人げないので、時々は負けようとおもうけど、それがなかなか難しくて、いつも勝ってしまう。勝たせてもらっているという雰囲気を出さずにオセロをするのは、結構難しい。彼は負けても嬉しそうで、「今度いつ来るんですか」と何度も訊ねてくる。夜勤が多い僕は、今度は夜にゆっくり遊ぼうと言って手を振って帰る。閉鎖病棟の鍵がついた鉄の扉の向こうで、「おつかれさまでしたー!」と元気のいい言葉が聞こえてくる。鉄の扉のこちら側で、―――皆が一様に平和とか自由とか言っているこちら側で、僕は小さく手を振って病棟を出る。
 
夜勤の夜は、彼と一つ一つの病室を頭を下げてまわる。というのも、この病棟にはテレビがディ・ルームという少し広い場所に1つしか置いていない為、年齢層が違うこの場所で彼が見たい番組はなかなか見れない。だから病室を一つ一つまわりながら、「今夜7時から犬夜叉を見せてください」「コナンを見せてください」と、患者さん一人一人に許可をもらいに行く。深々と頭を下げる彼を見ながら、「キミはそんなに頭を下げる必要はないんだ」と、言って、僕が他の番組を見たい患者さんと交渉をする。
 
皆、彼のような歳のときに、こんなに頭を下げることがあっただろうか。僕には、まだ早いような気がする。今、頭を下げなくても、これからの人生、いくらでも下げる機会が出てくるんだから。
 
彼は今日もテレビから流れてくる歌に合わせて、直立不動で歌をうたっている。ナースステーションでその歌声を聞いている僕は、どうしようもない無力感に襲われる。健康とは何なのか、社会とは何なのか。こんな少年を閉じ込めて、皆好きなことばかりやって、好きな時間にテレビを見て、カラオケに行って大声で歌って。
 
「神様もずる休みしちゃってしょうがねぇなぁ」
 
涙が出てきた。これから彼がどのような人生を送るのか僕はわからない。僕の瞳から流れている涙の理由もわからなかったけど、これからも僕は、この人為的に閉鎖された空間で、こうやって人生を学び続けていくのだろう。
 

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