2004年06月05日(土)  千差お万別。
 
「あなたって本当に悩みなんてなさそうだよねー」と今日もまた言われたので一念発起。悩んでやろうじゃないかと。悩み事つくってやろうじゃないかと。何らかの事象に対して頭を抱えてやろうじゃないかと。第一この歳になって悩み事が皆無だということは少々おかしいのではないかと自問。
 
皆あらゆる陰を内面に抱え、それに対して日々悩んでいる。僕はというと日々のらりくらりのケセラセラ。あっちにフラフラこっちにケセラ。こっちの蜜は甘いぞと言われたら疑念すら抱かずにその蜜を吸いに行き、あっちの蜜は甘いぞと言われたらこっちの蜜吸ったからいいやと、何の躊躇もなくあっさりと断念するという具合に行き当たりばったりの日常生活。
 
皆、何について悩んでいるのか。と、電車内で目の前に座っている金髪で破けたジーパンを履いているオネーチャンを眺める。このオネーチャンは自分のジーパンが破けているということに悩むことがあるのだろうか。その横に座っているメガネの中年サラリーマンは第3者から見ても明白なほどメガネの右のレンズに指紋がついている。拭けばいいのにと思う。しかし拭くという実行の前にレンズに指紋がついていてうっとうしいということに悩んでいる最中かもしれぬ。うむむ。
 
で、僕は気付いたわけ。悩みという感情と、悩みを引き起こす問題というものは違うということを発見したわけ。例えばね、靴下に穴が空いているという問題。まぁいいや。どうせ靴を履くから穴が空いていることなぞ他人に悟られまいと思う人もいれば、あぁ靴下にぽっかりと穴が空いている。如何ともしがたい。恥ずかしい。穴があったら入りたい。あぁもう穴が空いているのだった。とくよくよ悩む人もいる。
 
というように、ある共通した問題に対して、悩みの内容は主観的なものであり千差万別。千差お万別でございます。よって、僕もすでに人並みの問題を抱えているかもしれず、ただそれに対して鈍感というかやはりケセラセラというか、ちっとも自分の人生に真面目に取り組んでいないから、悩みがなさそうなんて他人に馬鹿にされるのかもしれぬ。
 

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