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| 2004年02月25日(水) 2月25日。妹、母になる。 |
| >元気な男の子です。早く帰ってきてね。 妹に、子供が生まれた。切迫流産で1ヶ月程入院していて、一時は危険な状態だったそうだが、今日、無事に、元気な赤ん坊が生まれた。嬉しくて嬉しくて、メールの返信よりも先に、ベビー服売場で新生児用の服を買った。まるで僕がお父さんになったように店内を走り回った。 しかし、妹に子供が生まれたという実感がいまひとつ沸かず、ただこの目で赤ん坊を見てないだけなのかもしれないが、それとは確実に違う、妹が、僕の妹が子供を産んだという事実。僕より2つ下の、看護婦で、生真面目で、頭が良くて、大きな瞳の妹が、子供を産んだという事実。 「私、お婆ちゃんになっちゃった」 母からの電話。悲しそうな口調に、何ともいえない嬉しさが滲み出ている。母は涙混じりに、入院生活がどんなに大変だったか、どんなに心配したか。そして陣痛が始まり、分娩に立ち会ってどれだけ感動したか。普段口数の少ない比較的冷静な母が興奮して受話器の向こうの僕に話し掛けている。涙声になっている。僕は子供をあやすような口調で微笑みながら、うん、うんと頷き返す。 「あのコがね、分娩室に入る間際に私に向かって叫んだ言葉が忘れられないの」 母の言葉は涙に浸食され、語尾の方はもう何を言っているかわからなかった。初めての陣痛、初めての分娩。想像を絶する激しい痛み。母は妹の手を強く握り、励まし続けた。私もこの痛みを我慢してアナタとマーとルリを産んだのよ。子供を産むって素晴らしいことなの。この痛みを忘れちゃ駄目よ。妹は歯を食いしばり、涙を流しながら喉の奥の方からうめき声を挙げる。そして分娩室のドアが開く寸前に、妹は、母に向かって目を見開いて、叫んだ。 「お母さん、私を産んでくれてありがとう」 母は、あまりにも唐突なこの言葉を耳にし、立ちつくしてしまった。そしてその場に泣き崩れてしまった。「私を産んでくれてありがとう」男である僕には考えられない言葉だった。おそらくこれからも心の底からそう思うことはないだろう。妹が子供を産む間際に叫んだ言葉は、どんな美しい比喩や綺麗な表現よりも美しいと思った。その言葉には何物にも汚されていない真実の言葉だった。 「お母さん、僕を産んでくれてありがとう」 「やぁねぇ。そういう言葉は子供一人産んでから言いなさい」 母は、涙にむせびながら笑う。僕は今日買った新生児用の洋服を広げ、4月に帰るよと告げる。早く帰ってきなさい。あのコもお兄ちゃんを待ってるんだから。それから何度もお婆ちゃんになっちゃったと嬉しそうに呟きながら、母にしては珍しい長電話は終わった。 お母さん、私を産んでくれてありがとう 妹は、きっと立派な母親になるだろう。 |
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