![]()
| 2004年01月19日(月) 続・洗濯物についての考察。 |
| というわけで昨日の続きです。2日続いてまで書くような問題じゃないと人は言うだろうけど、僕にとっては切実で、口でいくら言っても誰も相手にしてくれないので、こうやって書き留めてそれを目にした人が有意義なアドバイスをしてくれたら僕はその人に恋をして、一緒にご飯でも食べて、終電前にはしっかり帰します。 浴室の前に黄色いプラスチック製の洗濯かごが置いてあり、その中に大きなビニール袋があって、その中にこれから洗う洗濯物が入っている。洗濯物が入っている大きなビニール袋はファッションセンターしまむらで赤い毛布を買ったときに入れたビニール袋で、洗濯かごは前の職場の運動会のときに景品でもらった洗濯かご。洗濯物の内容は、Tシャツ、下着、部屋着、外出着、昨日の夜を物語るもの。 洗濯かごの横には、出し忘れたごみ袋が二つ、道傍で息絶えた仔猫のように転がっている。僕はそのゴミ袋を見て小さな溜息をついて、その横に鎮座する洗濯かごを見て、大きな溜息をついた。 と、文学的なタッチで書いてはみたものの、何の解決にもならない。僕はweb以外でも仕事としていろんな作品を書くんだけど、書くコツは、ある一場面の状況をいかに深く描写するかに、その作品の善し悪しが決定されるのではないかと思う。悪くいえば同じ一場面をいかにダラダラと書けるか。 例えば、三万字の短編を書いて下さいと依頼がきたとする。僕の場合、まずラストを設定して、そのラストに向けて筋道を立てていく。あれって何かすごいですよ。何か違う力が働くよ僕の中で。「〜について書いて下さい」と言われたらその瞬間に全ての物語ができあがる。で、はい書きます。と即答して、あの一瞬に思い出したことを拾い上げて文章にしていく。そうやってあらすじができあがるんだけど、それはいわば作品の骨格であって、それから肉付けをしてボリュームを持たせなければいけない。 いくら感動する作品があっても、その物語の事実だけを記したあらすじだけを読んでも誰も泣かない。読む人に感動を与えるには、その肉付けの過程にかかっているのだ。ちょっとした一節であったり、ちょっとした台詞であったりね。その「ちょっとしたこと」が読者の心にいつまでも残り続けるんです。鈴木保奈美の「カンチ、セックスしよ」だったり松田優作の「なんじゃこりゃぁぁ!」だったり武田鉄矢の「僕は死にません!」だったりダチョウ倶楽部の「わきあいあい」だったり。わきあいあい? そういうわけで、文章の肉付け。〆切まで1ヶ月間期間があった場合、最初の3日であらすじを立てて、そのあとの1週間で情報収集をして、残りは全て肉付けに用いる。 今日は文章の書き方のコツについて書いてみましたところ、タイトルが「続・洗濯物についての考察」だったことを思い出して、2日続けてまで洗濯物について考察しなければいけない理由は、昨日はちっとも考察してないので、今日こそはすぐ溜まってしまう洗濯物について考察・分析し、今後の傾向と対策に役に立てようと思ったけど今日も書けなかったので明日こそ書く。 |
| 翌日 / 目次 / 先日 |