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| 2003年12月31日(水) 父への手紙。 |
| まさしく激動の1年でした。環境の変化は精神的に多大な影響を及ぼすというけれど、そんなことはなく、どちらかというとその状況を楽しんでいたようで、結構刺激的な1年だったように思えます。 4月に仕事を辞めて、東京に出てきました。東京は家賃が高いので家賃が若干東京より安い東京に近い埼玉に住みました。6畳のワンルームだけど、そこは好きな本や、音楽に囲まれて決して住みにくい場所ではありません。隣の部屋の中国からの留学生の女の子が僕と同時期に引っ越してきて、挨拶代わりの洗剤1個が今では晩ご飯を作ってもらう仲になりました。 辛かったことといえば、雇用保険をもらっている間がいちばん辛かったでした。働いてはいけない。一日を廃人のように過ごすようになって、このままでは腐れてしまうと思い、ハローワークのタブーを侵してまでバナナ工場に行ったり、営業の仕事をしたりしました。これらの仕事は、今まで医療畑しか知らなかった僕に衝撃的な経験をもたらしました。 彼女もできました。もう別れてしまったけど、久々に自分らしい恋愛ができました。何年か振りに喧嘩もしました。喧嘩ばかりしていました。あれほど感情を表に出した恋愛は、もう二度と訪れないというくらい、感情的な恋愛でした。 書く仕事も除々に増えてきました。いろんな原稿を書きました。朝に寝て夜起きる生活が続きました。東京に来た当初の目的を忘れてしまうくらい、書くことに没頭しました。その結果、また一人になってしまったけど、後悔はしていません。 看護師の仕事も始めました。バナナ工場や営業の経験は、今の仕事のどこかの部分できっと役に立っていると思います。今は毎朝満員電車に揺られて、白衣を来て、笑顔を振りまき、満員電車に揺られてうちへ戻り、原稿を書く毎日です。 母にとって僕は、いくつになっても子供のようで、時々ダンボール一杯の食料を送ってきます。上の妹は10月に結婚しました。僕の家族も、少しずつ変化しています。母は東京の人を嫁にもらうなというけれど、そもそも僕は結婚なんてする気はまったくなく、しかし、故郷へ戻る気も今はないのです。 来年は決して今年の延長ではなく、また新しい出来事が始まると捉えた方がいいかもしれません。新しい人と出会い、新しい仕事に就き、新しい壁にぶち当たり、新しい方法でそれを乗り越える。新しい恋をして、新しい思い出を作る。まだまだソワソワした人生がこれからも続くでしょう。 僕は僕の人生を自分で作ります。誰からも指図されません。自分で決めて自分で進みます。自分の選択した道を後悔せずに、振り返った時のその顔はきっと穏やかに懐古できるように、来年も自分らしく生きようと思います。失うものも多くはないけれど、得るものは確実にそれを上回ります。 来年もいい年でありますように。お父さんもお元気で。 |
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