2003年11月17日(月)  無自覚な冷酷。
 
昨日山手線で新宿から池袋へ向かっているとき「線路上に人が入り込んだので現在確認しております」というアナウンスが流れ、10分程電車が止まった。今日の仕事帰り「人身事故が発生しましたのでダイヤが乱れております」というアナウンスが流れた。
 
東京はいつもだれかが飛び込み自殺を企んでいる。朝のニュースを見ていると毎日のように流れるテロップ。「○○線、人身事故の為上下線不通」コーヒーを飲みながら、あっ、また誰か死んだと思う。事故が起こった沿線が身近な沿線だと、自殺した人と不思議な繋がりを感じる。
 
いつも誰かがこの線路上で自らの命を絶とうとしている。今日は自殺の多い日月曜日。停まった電車の車内。乗客は一斉に携帯電話を取り出す。
 
「人身事故だってさ。ついてねぇよ」
「すいません。今日30分程遅れます」
「なんでこの沿線で死ぬんだよ」
「朝から事故とかありえないし」
 
誰一人として人が死んだことについて悲しもうとしない。自ら命を絶つ意味を考えようとはしない。一人の死は「人身事故」という概念に収められ、乗客はそれを嫌悪する。ここの人間の冷酷さ、そう、この無自覚な冷酷さが、この場所には漂っている。
 

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