2003年10月09日(木)  ついていい嘘 悪い嘘。
 
実習生だというのに、実習内容らしきものは何もせず、数ヶ月前と全く同じ仕事をしていて、やはり僕はこの仕事が一番向いていると思ったり思わなかったり。何の為の実習か考えたりノスタルジーに耽ってみたり。
 
明治生まれの94歳のおばあちゃん。最近物忘れが激しいということで孫と一緒に来院。診察の後、心理検査室へ。記憶力を測定する心理検査をする。看護婦さんに「僕は実習に来てるんですけど」と言うと「そういう時だけ実習生にならない」と一喝され、お婆ちゃんこんにちは。はじめましてヨシミと申します。どうぞよろしく。わぁ、随分声がしっかりしてますね。お肌もすごく綺麗ですけど、お歳はお幾つなんですか?
 
と、会話の中に既に最初の質問項目である「年齢」を何気なく挿入する。カウセリングや心理検査を上手くできない人は、ただ「それではこれから述べる質問に答えて下さい。○○さんは何歳ですか?」と何の工夫も施さず単刀直入に質問するので相手が緊張してしまう。これじゃ相手との距離はいくらたっても縮まらない。
 
へぇ94歳なんですかぁ。僕よりはっきりした言葉を話されるのでもっと若いかと思ってました。はい。だいたい30歳くらいかなぁなんて(ここで笑いを取る)。しかし今日は暑いですねぇ。昨日までは少し寒かったんですけどね。あ、今って何月でしたっけ?
 
と、第二の質問。「今日の日付」相手に質問と気付かせない質問。もちろん検査用紙は手元に置かない。回答を全て暗記して後ほど記入する。このことについては人の短期記憶には限界があるんだなんて昔から賛否両論あったけれど、僕はかたくなにこのやり方を変えない。僕の為ではなく検査をされる相手の為に。
 
30分経過。
 
すでに検査は終わっている。結果も出ている。しかし、検査が終わってはいさようならお大事に。ってのは、なかなかできなくてついつい雑談に時間を取ってしまう。前回の営業の仕事でもネックになっていたのは契約を取った後の雑談に時間を費やし過ぎるということだった。検査して終わり売って終わりではあまりにも相手に失礼過ぎる。
 
「今日はとても楽しかったよ」
 
と、そのお婆ちゃんは検査室を出る時、車椅子の上でそう言った。検査されているとも知らず、その楽しさに満ちた表情を見て僕は少し後ろめたい気持ちになる。ついていい嘘と悪い嘘。雑談の中に検査項目を挿入させた罪悪感。そんなものに苛まれながら検査結果をまとめ医者に提出するとき「キミは時間が掛かり過ぎる」などと嫌味を言われる。
 
全てが僕の為ではなく検査をされる相手の為に。
 
白衣を着るということは、そういうものなんだと思う。
 

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