2003年08月22日(金)  布巾。
午前8時30分。携帯が鳴る。7時に目覚ましタイマーを合わせていたコンポの曲も止んでいる。勿論、目覚まし時計も止まっている。誰が止めたのかわからないけど、僕の部屋には不思議なことに目覚まし時計を勝手に止める奴がいる。自分で止めてるんだけどね。午前8時30分。携帯が鳴っている。頭元のカーテンを少し広げるとまばゆい陽の光が差し込んでくる。今日は仕事でもない休日でもない日。何の日かって訊ねられると、僕が言わなくてもこの電話の女性が答えてくれる。
 
「もう起きて?」
「うん。今起きた」
「どうして?」
「どうしてって。しょうがないよ。昨日終電ギリギリまで飲んでたんだから」
「どうしてかしら」
「仕事の飲み会だよ。焼酎頼んだんだけどいつまで経っても持ってこなかったから、二度も言ったんだよ。それなのに持ってこないからビールばかり飲んでいた。頭も痛いし、天気はいいし、もう8時30分過ぎてるし」
「今日は何の日かわかってらして?」
「わかってる。昨日キミからメール来てたしね」
「見ました?」
「うん。見た。天気いいねしかし」
「いいですね。今日は何の日かわかったらして?」
「今どこにいるの?」
「もう学校へ向かっています」
 
顔を洗っても洗わなくても髭を剃っても剃らなくても遅刻することは確実なので、ベッドの上で煙草を吸って、大学のスクーリングに行くか行かないか葛藤して、テレビで北朝鮮のニュースが流れていて、金正日の縮れ毛を見たら、学校行かなくちゃいけないなぁと何の関連もなく思いだしたので、パレスチナとイスラエルもあれだしね。今日の講義は国際福祉総合講座。名前からして朝起きられない。遅刻して当然だという講義ではないか。総合講座の「総合」という言葉の曖昧さが許せなくて寝坊したんだ。僕の所為じゃない。
 
「僕の所為じゃないよ」
「わかっています」
「ちゃんと行くよ」
「そう願いたいです」
「急いで準備するよ」
「焦らずに」
「それでは教室で」
「お会いしましょう」
「お愛しましょう」
 
午前10時30分。学校到着。教室に入るなり僕よりも若く見える講師が僕の元へ歩いて「遅刻ですか?」と当然のことを問いかけてきた。僕はキリンでもライオンでもなく遅刻ですと至極当然のことを答えた。すると「どうしてですか?」と聞いて何の得にもならないことを問いかけてくるので、僕は金正日でもパウエル国防長官でもないので教室を間違えましたと答えた。9時から講義が始まって10時半に教室に入ってきて教室を間違えたなどと嘘丸出しを言って許されるとでも思ったのかと思ったけど許されたのでアクビをしながら空いてる席に座った。
 
「教室をね、間違えたんだ」
「お気の毒に」
「ノート見せて」
「見せません」
「じゃあいいや」
「はい、これです」
「ありがとう」
「天気いいねしかし。今日のお昼はそこの公園で食べよう」
「外は熱いのでご遠慮します」
「そうですか。はい、ノートありがとう」
「あの公園の大きな木の下が空いていたら、そこで食べましょう」
「そうしよう」
 
僕が予想していた以上につまらない講義だった。各国の福祉の現状を理解するという趣旨のようだが、僕はまだ我が国の福祉の現状さえ理解していない。エアコンの効いた部屋で、学校に向かう途中で流れた汗が引いてくると同時に睡魔が襲ってきて、これはいけない、遅刻した上に居眠りなど始めたらこいつ駄目学生だという烙印を押されてしまう。駄目学生なんだけどね。
 
「これは、やばい。眠ってしまうよ」
「まぁ。先ほど目覚めたばかりなのに」
「天気が、いいからだ」
「そうかもしれませんね」
「僕が眠ってしまったら、後を頼む」
「何を?」
「ノートを」
「承りました。それではお休みなさい。お昼になったら、起こしてあげます」
「すまないね」
「汗が、汗が、まだ」
 
小さなバッグからレースの付いた白いハンカチを取りだして、僕の額をそっと拭いてくれた。それから、そのハンカチを団扇かわりに静かに扇いでくれた。僕はそのまま眠ってしまった。今日はすごく天気が良かった。生憎、公園の大きな木の下は誰かに先を越されていたけれど、僕たちは二人花壇の縁に座って、彼女が作ってくれたおにぎりを二つづつ食べた。そのおにぎりは美味しかったけれど、睡眠薬が混入されていたらしく、午後からも僕は眠り続けてしまった。講義が終わって彼女にその旨を告げると、頬を膨らましたあと、レースの付いた白いハンカチで自分の顔を扇ぎながら「明日も作ってきますね」と言った。僕はまだ教室の中に座っているというのに、体中が少し熱くなった。

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