2003年06月30日(月)  やさしさ。
【設題】
『若者間の「やさしさ」の流行現象についてあなたの思うところを、700字以上800字以内で論じなさい』
 
「やさしさ」を流行という位置付けをしているところから人は「やさしさ」の意味を履き違えている。「やさしさ」を流行現象だと定義している設問にも疑問を感じるが、これは流行ではなくて伝統的な日本人の「気質」なのではないかと私は思う。
 
肌にやさしい、胃にやさしい、足にやさしい、そして、心にやさしい。この「やさしさ」に共通するものは何か。生徒を叱らない、子供を怒鳴らない、部下に小言を言わない理由は何か。その「やさしさ」の本質とは何なのか。現代の人が考える「やさしさ」とは、ベクトルが全て個人へと向けられているのだ。そこには情け、思いやり、恵み、哀れみなど「やさしさ」本来の意味が全く存在しない。全て個人に委ねられ個人で完結される。対象が人ではなく個に向けられ、外ではなく内に向けられている。自分を大切に扱いたい。多大なるストレス社会の中、自分へ降りかかる負担を軽減したい。そんな思いがこの設題が定義する「やさしさ」にこめられている。
 
これを流行と定義するならば、その同義語には「癒し」という言葉がある。音楽やタレント、キャラクターやペットにいたるまでたいした意味もなく「癒し」という流行に乗せて世間に流す。そして大衆はそれを漠然的に「癒し」だと思って受け止める。メディアに操作されていることも知らずに。「肌にやさしい」がどのように肌にやさしいのかそのメカニズムさえ知らないように。
 
私たちがこれから危惧しなければいけないことは、このように「やさしさ」の本質を見逃してしまうことではないだろうか。私が日頃から心掛けている「人に優しくする」という意味とは全く違う種類のものなのだ。個人が個人へ向けるやさしさとは本当のやさしさではない。それは「やさしさ」という衣を被った現代の精神病理なのだということを理解しなければいけない。
 
この設題が「やさしさ」を流行だと定義している信じられない事実が証明しているように。

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