![]()
| 2003年06月15日(日) 告白。 |
| 僕には恋人がいる。どちらが年上でどちらが子供なのか。どっちが怒ってどっちが泣いているのか。毎日喧嘩をする。何時の間にか喧嘩は始まっている。彼女の口調が少し変わってきて「もしかして怒ってるの?」と問うと「気付くの遅いわよ」と言われる。「アナタが怒らないのは私に無関心だからよ」とか「私はアナタの全てに怒っているの」とか散々なことを言われる。そして僕は「はぁ、そうですか」と聞いているのか聞いていないのか。僕の曖昧な返答により彼女の怒りは増し、増殖した怒りによって彼女の真実を見出せる。怒りという感情は常に真実に基づいている。怒りの糸を手繰れば本当のキミに会える。僕たちの愛は怒りによって保たれる。涙によって洗練される。 僕には恋人がいる。どちらが年上でとちらが子供なのか。どっちが主導権を握っていてどっちが振り回されるのか。恋愛はお互いの信頼と契約によって保たれる。恋愛中の契約など、判を押すわけでもないのでその内容は状況によって意味を変え形を僕たちを惑わせる。昨日交わした約束が今日は無意味になり、今日の価値が明日の課題を生む。毎日彼女と話をして、時に揚げ足を取り合い、泥沼にはまりながら延々と、延々と、傷を舐め合う。 僕には恋人がいる。どちらが年上でどちらが子供なのか。どっちが短気のどっちが呑気なのか。彼女はいつも泣いていて常に困惑している。僕はいつも狼狽していて常に彼女の瞳を見ない。お互い共通していることは時々過度に甘えようとしたり突き放そうとする。アンビバレンツな感情が常に渦巻いている。その相反する行動の中で、ゆっくりと2人は距離を縮める。3歩進んで4歩下がり、2歩進んで5歩下がるけど、時々8歩進んで5歩進む。愛の言葉と形。体と心。結合と離散。頭の中で考えていることは今夜の夕食とシングルCDトップチャートとキミのこと。 僕には恋人がいる。どちらが年上でどちらが子供なのか。どっちが好きでどっちがもっと好きなのか。僕たちにはタブーが存在する。彼女は安易にその禁句を使う。僕は口を酸っぱくしてそれを抑制しようとするのに、彼女はそれを口に出したがる。僕は然るべき来るべき日までその言葉は使わない。自分の中に仕舞いこんで、ワインの如く熟成させて、その言葉が芳醇な香りを発するその時は、きっと新しい何かが僕たちの中で始まるような気がするから。 |
| 翌日 / 目次 / 先日 |