2003年05月20日(火)  「賞」
午後、隣の部屋の女性が来る。今回のレポートのテーマは「現代の子供の教育について」
 
「こういうのは生んでみないとわかんないよねぇ」
「私もそうだと思います」
「まぁ大学ってとこは机上で空論してナンボのところだからね」
「キジョウデクウロン?」
「いろんなことを想像して、組み立てて、自分のルールを作って、その中で遊ぶの」
「ふぅん」
 
彼女はソファーに座り、目の前の本棚の3段目辺りに足を乗せて頭を傾かせてしきりに何かを考えている。僕はその間「現代の子供の教育について」おおまかなあらすじをメモに書き留める。
 
「これを繋げていけばレポートあがると思う。そもそも現代も古代も子供の教育自体は基本は同じなんだというようなことを書けばいいと思うよ」
「ありがとうございます」
 
そう言って彼女はテーブルにレポートとメモを置き、再び思案に耽る。僕はその間、たいして何もすることがなく、実際朝から何もすることがなく、DVDを見たり、プレステしたり、ベランダに降りて空を眺めるなど廃人同様の生活をしていて、近隣住民のおば様たちは、あのマンションの男性は一日中何もせずに部屋に閉じ篭って、爆弾でも拵えてるのかしら。きっとテロリストなのよ。わぁ怖い。ガーデニングに水やってワイドショーでも見ましょう。とでも思っているのだろう。「あなたもっと外に出たほうがいいわよ」とある女性に今日の昼に言われたばかりで「あなたは本当に『面倒臭い』で構成されている人間ね」と厳しい指摘を受けて、さぁ、何か始めようと思っても、働き始めると失業保険はもらえないらしく、それじゃあ何をすればいいんだといえば、たいして大金も持たず、仕事といえば1階に降りてポストに手紙でも入ってないかしらと確かめに行くことくらいで、まさに廃人。彼女がそんなこと言うのも無理はない。だけど、こうやって隣人のレポート作成を手伝うなど、全く世の中の役に立っていないということはない。
 
彼女は本棚から足を下ろして、パソコンチェアに座っている僕の方を向いて
 
「あなたの賞はなんですか?」
 
と言った。
 
「ショウ?」
「うん。賞。賞状の賞。うーん。日本語で何て言ったらいいのかな。賞。あなたが最終的に求めているもの……うーん。うまく表現できないけど」
「地位とか名誉とか?」
「そうそう、そういうものです」
「賞か……。地位でも名誉でもないな……」
「私はね」
「ん?」
「私の賞は、努力していろんな人に認めてもらうということです」
「そうなんだ。だけどキミは本当に努力してるよね。今のままだときっと大丈夫だよ」
「ありがとう。ヨシミさんの賞も教えて下さい」
「ふむ。賞ねぇ。努力、認知、地位、名誉、金。うーん。違うなぁ」
「宿題です」
「え?」
「これ宿題。アナタはアナタの賞を考えてください。そして今度来たときに教えて下さい」
「うん。わかった考えとくよ」
「それじゃまた来ます」
「レポート頑張ってね」
 
そうして再び1人になった部屋で自分の「賞」について考えた。きっと中国の「賞」という言葉は日本語で表せない微妙なニュアンスがこもっていると思うけど、全てを失った今、自分の「賞」について考えるいちばん適切な時期だと思い、今にも雨が降り出しそうな空を眺めながら大きく息を吸って、思案に耽る。

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