ビートルズ解散の原因をおさらいしてみる - 2006年02月08日(水) ビートルズ・ブームです。 今ちょうどDVD「アンソロジー」を見ていたのですが、 改めてエントロピーの法則を実感しました。 つまり“終局”への道程です。 早々にグループを放棄したのが、ジョン・レノンでした。 ビートルズであることに疲れ果て、 リーダーとしての立場をポールに譲り、 彼に尻を叩かれないと曲を書こうとしませんでした。 グループにはいたものの、ジョンの気持ち的には 1966年くらいの時点ですでに終わっていたのです。 よくオノ・ヨーコは「ビートルズからジョンを奪った女」と、 悪者扱いされるけど、あの時期にヨーコがいなかったら、 彼は早々に脱退していたかもしれません。 次にバンドを辞めると言い出したのはリンゴ・スター。 「ホワイトアルバム」の頃、メンバーがバラバラに なっていくのを見て、自分の居場所はないと 妄想的に悟ります。バンド内の緊張緩和剤であり、 しかもあのビートを叩きだせるのは彼しかいなかった こともあって、全員が陳謝。 日和見主義のリンゴだけに、すぐにモトサヤに収まります。 その直後の「ゲットバック・セッション」 (後の「レット・イット・ビー」)では、 まず5人目のメンバーとも言われたプロデューサーの ジョージ・マーティンが途中で関わることを止めました。 ポールはバンドを引率するためにはりきったのですが、 見事にカラ回り。エゴむき出しでメンバーに 接するようになり、反感を買います。 中でもジョージ・ハリスンとの確執は大きく、 セッション途中に彼の脱退を招くことに…。 結局、次のアルバム「アビーロード」で、 ハリスンは発言力を増してグループに戻り、 マーティンはもう一度、指揮棒を振うことになるわけですが、 「ゲットバック」での断層は想像以上に深かった。 ビジネスの問題も絡んで、ポールはメンバー全員に 攻撃されることになります。 一番、バンドであることを望んだ彼は、 自らグループを去ることになるのです。 こう見ていくと、 別に誰が悪いというわけでもないんですよね。 全ては状況の集積と言う感じで。 バンドって本当に続けるのが難しいんです。 ただ、もし1971年にビートルズがアルバムを出していたら、 すごかったんだろうな、と思った5時30分。 早く寝ろ! ...
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