「S君」 - 2003年01月15日(水) 突然、Sから電話があった。 Sとはとあるサブカル雑誌の編集長を勤めた男だ。 ちょうど仕事が忙しかったので、その電話には出れなかったが、 PCのメールを開いてみるとSからメールが来ていた。 ちょっと引用しちゃおう。 どーも。 本日より田舎に隠遁しましたー♪ (中略) ではまたいつの日かー♪ あららー。 ついに実家に帰っちゃたのねぇ。 てゆうか、あの女に愛想つかされちゃったのか…。 じゃなきゃ実家戻る理由ないもんね。 喰えるんだから。 ところでSは今年の春から、 ユーラシア大陸横断バックパッカーをやるって言ってたんだけど、 それはどうなったんじゃ? 気になったのでメールしてみると、即効、レスがあった。 (省略) これから数ヶ月こっちで金ためて→ 春or夏に一度、東京に出て営業→海外へ つう予定です。 まぁがんばるっすわー♪ あーあ。 まだ営業とか考えてるのかよ、この人は。 実はこの男、大陸横断にスポンサーをつけようと考えているらしい。 で、ネットでその光景を中継しようってわけだ。 でも、単純に考えてスポンサー付くんかな? ちょっと時期を外してるような気もするし。 心配だなぁ。 ほら、この人、いろんな意味で夢見がちじゃん…。 Sとは同い年で学校も一緒で、かつ同畑で育って、 ある意味、同志つうか共闘してる感があった。 仕事はもちろん、2人で弟子も育てたし、 女をナンパしてハメ撮りしたりとか楽しいこともやった。 でもあるときから、Sは変わってしまった。 理由はいくつかあるんだけど、 たぶん、周囲の人間が考える以上にSは弱かったんだと思う。 本当はすごく子供で、大人とちゃんと付き合えなくて。 あっちの世界に行く直前、Sはよくこう言ってた。 「ボクはエロ本の一色ページが作りたいんスよ〜。 表紙考えたり、モデル選んだりする技術はないんスよ〜」 Sが燃え尽きようとする1年くらい前から、 オレはSの仕事を断るようになった。 レギュラーのコラムはやっていたが、 それ以外の特集記事はほとんど断ざるをえなくなった。 他の雑誌の仕事が忙しくなり、 もっといえばそっちのほうが金が良かったからだ。 オレらはサラリーを貰っているわけではない。 フリーとして当然の選択だ。 SはSで編集長に就任。編集長業務が忙しくなり、 オレのコラムを下の人間に任せるようになった。 これも当然の選択だ、そう思っていた。 それから半年後、突然、オレのコラム連載が終わり、 しばらくSと合わない日々が続いた。 そんなある日、久々にSから電話があり、編集部に遊びに行った。 編集部は人も雰囲気も様変わりしていた。 Sの風貌も変わっていた。 Sはオレを近所の喫茶店に誘った。 「編集部にいると頭痛がする」と言う。 コーヒーカップを持つ手が震えていた。 話を聞く。 その時期のSは編集長とは名ばかりの、ただのお飾りでしかなかった。 すべての編集長業務は副編集長が行っていた。 オレは当然のごとく、「辞めろ」と言った。 「一緒にフリーでやろう」とも誘った。 だが、Sは自分を拾ってくれた上司は裏切れないと言う。 ダブルバインド。 二重拘束。 Sは逃れられない何かに絡めとられていた。 Sがポツリとつぶやいた。 「あの頃に戻りたいよ。また、みんなとバカやりたいっスよ」 この時、オレは後悔した。 あの時、あの頃、ちゃんとSと一緒に仕事をしておけば、 彼はこうならなかったのかもしれない。 こっちの世界に、繋ぎとめておくことができたのかもしれない。 その後、Sは半年の休業後、別の雑誌で復帰した。 Sは真っ先にオレに電話をくれた。 GET BACK! Sもそういう気持ちだったに違いない。 が、すでにこの頃のSは病んでいた。 Sはバランス感覚を完全に失っていた。 何度も注意した。 でもSはやめなかった。 オレは怖くなった。 人間はこうも簡単に落ちてしまうものなのか、と。 もうSはあっちの世界に行ってしまっていた。 今でも時々考えるんだけど、 Sが健在だったら、今ごろどうなっていたんだろう。 オレは無条件で楽しく仕事をしていたに違いない、と考えてしまう。 宇宙のどこかにはそんなパラレルワールドもあるんだろう。 でも、その宇宙までは遠い。 あまりに遠い。 夢や希望を語るのは止めよう。 そこにあるのは、目に見える確かな「現実」だけだ。 今回、Sが実家に戻ることになったのを前後して、 オレはまた「G」の仕事をはじめることになった。 交差する、Sとオレの運命。 人生ってよくできてんなぁ。 皮肉だけど。 ...
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