michiyonのしあわせ探し
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2002年07月07日(日) もしも…

もしも、自分の考えていることが全部まわりの人に伝わってしまったら…

どうしますか?

新しく始まったドラマ『サトラレ』は、そんな人のお話です。

実は、ちらっとしか見ていないので、内容をくわしくは知らないのですが

もし 自分が『サトラレ』になってしまったら… って考えてみたら

とても恐ろしくなりました。


あらためて考えてみると 人間けっこう口には出さないけれど いろんなこと考えているものです。

そして それが聞かれてはまずいことだったりすることも結構あるわけで…


もし 自分の考えていることが全部まわりの人にわかってしまったら

きっと世の中はめちゃくちゃになっちゃうんじゃないかな 
って思ったりもするわけです。


口に出さないからこそ まあるく収まっているものが

全部まるみえになってしまうんですから それはもうたいへんなことに…。


こう考えて見ると 「建前と本音」っていうのも 結構世の中のためになってるものなのかも

って思えてくるから不思議です。


完全にいい人なんていないわけですから みんな大なり小なり 不満や憂さを抱えて生きているもの。

そして それを表に出さないからこそ なにもかも 一見うまくいっている。


心の中で思っているうちは まだいくらでも取り消すことができるけれど

いったん言葉にしてしまったら その言葉がいろんなことに影響を与えてしまう。


ん〜。そう考えると 言葉にするのって注意が必要ですよね。



わからないからこそ いいってこともあるんですね。

たとえば 自分の未来も 最初からわかっていたら どうでしょう?


いいことばっかりならいいですよ。

でも きっと悪いこともないはずがない。


たとえば 自分がいつまで生きていられるのか とか。


不治の病にかかってしまった場合など 余命いつまでなのかを告知してほしいかどうか

それは 人によって違うと思いますが…

私は知りたくありません。


明日は いつでも今日よりステキな一日になる って思っていたいからです。

そうじゃない日もいっぱいあるでしょう。

でも やっぱり 明日は希望の日であってほしいんですよね。


どんな人にも平等に与えられてるもの、それは “願う”という気持ちです。

夢をみたり 願ったりする 気持ちは誰にもとめることはできません。

たとえ どんな境遇にあったとしても それだけは 自由。


誰でも知っている「シンデレラ」というお話。

そのディズニーバージョンの中で、私が大好きなシーンは

継母やいじわるな義理の姉たちにいじめられ しいたげられて つらい毎日を送っているシンデレラが

「夢を見るのは自由。だれも私の心をしばれない」と歌うシーンです。

でも そんなシンデレラも 何もかもうまくいかなくて 自暴自棄になったりする
シーンもあるんですよ。

そう、魔法使いのおばあさんが現れる前のことです。

でも 奇跡は起きる。


この先何が起きるかわからないからこそ ”願ったり” ”夢をみたり”できるんですよね。

そして 願ったり 夢を持ちつづけたりしているからこそ


ある日 奇跡も起こるのかもしれません。










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