窓のそと(Diary by 久野那美)
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ピアノのレッスンの帰り道です。 どうやら私はある先生についてピアノを習っているのですが、 その先生は大変不機嫌で、口数が少ないのです。 レッスンが終わりに近づくと、先生は無言になります。 生徒である私も、手を止めて先生の言葉を待ちます。 3分・・5分・・10分・・・ 何も起こりません。 ピアノのレッスンをする場所と言うのは普通、ピアノの音がよく聞こえるように静かな環境であるものですから、ピアノの音と人の声がどちらも聞こえないと、しいんと静まり返った「無音」の場所になります。 音のない時間が長く続いた後、ようやく、先生が無表情にうなづきます。 どうやら、レッスンはおしまいのようです。 私は教本や何やらをかばんにつめ、一礼してその場を去ります。
外は雨です。 雨が降っていて。 私は傘をさして、てくてくと歩きます。 雨なので、町には人の気配がありません。 雨なので、道はぐっしょりぬれ、水溜りができています。
半端な太さの道をてくてくと歩いていると、小学校のグランドの横の道に出ました。端が見えないほど広いグランドにはしっかりとラインがひいてありました。あれはたしか、トラック、とかいいましたでしょうか?
トラック、を私は見ています。 ただっ広い、人気の全くないグラウンドにひかれたトラック。 空は雲で覆われていて、真っ白です。 地面は雨を受けてぐっしょりと湿っています。 ぽつぽつぽつと振り続ける雨が水溜りの表面を絶え間なく跳ねています。 私は傘をさしています。 てくてくと、歩き続けています。 どこへむかってあるいているのかわかりません。 おそらくうちへ帰るところなのでしょうが、どれだけ歩けばうちへつくことができるのか、わかりません。 空からは雨が降っています。 むこうの方へ目を凝らしても、雨が降っています。 足元へ目を凝らしても、雨が降っています。 どこまでも雨が降っているように見えます。 いつまでも振っているようにも見えます。
ずんずんと、恐怖がつきあげてきました。 身体の奥から這い出てきて、皮膚の下を這い回るような、嫌な嫌な感じ。 それは肌の表面より外へ出て行くことはけっしてなく、排出されることのないままどんどん湧き出して身体中を満たしていく。 ただ、ひたすらに怖い。
何に対する恐怖なのかわかりませんでした。 ただ、世界がとりとめもなく広くて時間がとてもとりとめもなく長いことがどうしようもなく怖い。でも、それって疑似体験に過ぎないはずです。 雨はいつか止むはずで、トラックは一目瞭然あきらかに閉じてるのですから。
怖くて、耐えられなくなった私がやったことは、とても不思議なことでした。
もしもグラウンドの、トラックの片隅に、「傘を差した誰か」が居たらとしたらどうだろうかと考えたのです。ふと頭をかすめたその考えは、身体に充満した恐怖を少し、軽減するような気がしました。 ですので、「傘を差した誰か」がそこにいることに決めてみました。 すると、次の瞬間には、グラウンドの片隅に、傘を差した誰かが立って、こっちを見ていました。夢の中だから、その辺はわりと融通が利くのですね。
知らない人でした。そのひとは、なにをするでもなく、もしかしたらこっちをみているわけでもないかもしれなく、ただ、雨の中に傘をさして立ってるのでした。それ以上のことは、どうでもよかったんです。だから、その人はそれ以上のことは何もわからない人として、「傘を持って雨の中に」立っていました。
その人のことを、私はとても大切に感じました。 とても、とても、大切に感じました。
ああ。これだったらもしかしたら大丈夫かもしれないと、少し救われたような気分になりました。何から救われたのか、少しというのがどのくらいなのかははっきりしませんでした。
ものすごく怖い思いと、そこから奇跡的にほんの少し救われた気持ちを両方持ったまま、私は雨の中を歩き続けました。振り返ることはありませんでしたが、そのひとは、その間ずっと、その場所で傘をさして立っていたはずです。 そうに違いないのです。なぜならば、私はそこからてくてくと歩いてうちへ、向かうことができたからです。
だけど怖かった。世の中のなにもかもが無意味になるほど怖かった。 (あの傘のひとだけは無意味ではないような気がするけど、でもその意味は全然分からなかった。) 怖くて。怖くて。怖くて。もう、いいよね?いいよね? と思っていたらようやっと目が覚めました。
ずいぶんうなされて、汗をかいていました。
私はときどきこういう妙な具合の怖い夢を見るのですが、 こんな風に書き出してみても。どこが怖いのかを客観的に表現するのは難しいです。ひとに話したことろで「へえ。面白いね〜。」と言われたり、「・・ふうん。」と流されたりします。楽しんでもらえるのはよいことなのですが・・・まあ、実際怪我をしたとかそういうこともないわけですし。
朝起きてから昼過ぎまで怖くて身体がこわばってるのですが、こういう体験って、どうしたらひとに伝えられるのでしょうか。ボキャブラリーが欲しい!いえ、もっと欲をいうならば、こういう怖い体験をせずにすむ方法があれば知りたい、と切に思うのですが、でも、おそらく、本人が思うほど対してことではないのだろうな、とも頭の片隅で思ったりもするのです。
でも、少なくとも、言葉にすると恐怖感が少しずつ薄れていくような気がします。なので、今日は突然ですがこんな夢話です。 書いているうちに、「傘のひと」が誰だったのか、ちょっとわかるような気がしてきました。読んでくださった方に感謝。すいません、怖い話で・・・ いや、怖くないのかもしれませんが、それならそれで、ご迷惑をかけずにすんで良いのかもしれません・・・・。
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