窓のそと(Diary by 久野那美)
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「ここはどこかの窓のそと」のゲネプロの舞台を見た後。 私は思わず照明の葛西健一さんに「舞台にひなたを創ってくれたんですね!」 と言ってしまった。その小さなひなたがとても魅力的に見えたので。 葛西さんはきょとんとしていた。
あとから、ああ、そうか、と思いだし、気がついた。 舞台の打ち合わせの間中、葛西さんにも、美術の姉川さんにも、 「建物の影を、丁寧に綺麗に作ってください。」とおねがいしていた。 だから葛西さんは「日陰」を創ったのだ。 時間によって少しずつ、長くなっていく建物の影。
仕込みのとき、葛西さんに聞かれた。 「…どうしても、こちらが北になるほうがいいですか?」
「???…こちらは北じゃない方がいいのでしょうか?」 「この芝居は午後から始まって夕方で終わります。南北を反対にすれば、夕方17時前の最後のシーンでこちらから斜めに夕日が差し込むとても素敵なシーンを照明でつくることができます。北向きにしてしまうと、その効果が得られず、とても地味な舞台になってしまいます。照明的には南北を反対に設定することをお勧めします。」
それはとても美しいシーンになると、素人の私にも想像できた。 クライマックスで一筋の風が吹くのだ。 そこに斜めから指すやわらかい桃色の灯りがあったらどんなに映えるだろう。
だけど、それはできないのだった。 この物語は、図書館の「裏庭」の物語だった。 終日日陰になるその場所でひとしれず起こる小さな物語でなければならなかった。
「…というわけなので、すみません。北はこちらなのです。北がこちらでないとこの物語が成立しません。」
私は頑張って、でも、おそるおそる葛西さんに言った。
葛西さんはひとこと、 「わかりました。」
といって、作業を始めた。そのあと、そのことについては何も言わなかった。 なので、本番の舞台を見るまで私もすっかり忘れていた。
あの後ひとりで、「日の当たらない北向きの裏庭」の照明をこつこつとつくってくれたのだ。陽の向きを反対にすれば得られる効果の誘惑と闘いながら、苦心して光を配置してくれたのだ。
そしてその結果。 地面のほんの一角だけがあたたかく色づいた舞台になった。。
地面の大部分を占める影を見て、「日陰がある」とは思わなかった。 そこにあるのは小さなひなただった。 とても魅力的なひなただった。 それはなんだか衝撃的な発見だった。
だって、空とはじまりの風景を創りたくて、 影と風とさようならの物語を作ったのだ。 建物の裏側を舞台にした、秋の終わりのお芝居をつくったのだ。
どうしてそうしようと思ったのか。舞台の上の裏庭を見てやっとわかった。
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