書き散らし

2001年07月31日(火) 夜の匂い花の香り

ひゅうっ

と音がしたのは憶えている。あと、何か薬品の匂いがしたのは。













【夜の匂い花の香り】



何も見えない。
息苦しい。

オレは襲われて何処かに運ばれている途中なのだ。

それだけが解った。

息苦しさは猿轡をされている所為だ。それと多分、男だろう人物の肩に担がれ歩く足の動きに合わせて腹に自重が掛かるから。だけどそれだけじゃない気がする。

空気はひんやりしている。
日に晒され、じりじりと焼けていく感じも無い。
何より腹が減ってない。まだ、夜じゃないかと思う。
ついさっき、かどうかは判らないが意識が途切れたときオレは夜食を取っていた。
食事中に襲われたのは初めてじゃ無かった。
一度、ナルトの馬鹿が何をしたかったのかオレを縛るとオレの姿に変化したのだ。またろくでもない悪戯をしようって腹だったんだろうが。
これはそんなのとはまるで違う。でも妙なのはオレ自身は殴られた形跡は無いし手足はがっちりと身動きの利かないように固めてあるにもかかわらず身体に負担の掛からないようなやり方をされている。
足は両膝と両足首を。手は親指と手首をテープで。
目には何かで縛ってあるんじゃなくてテープが貼り付けてあるみたいだ。
営利誘拐なんかでターゲットを傷つけずに移動する為にこういうやり方をすることがあるとアカデミーで聞いた記憶がある。
でもオレには自宅に管理しているものの他に財産らしいものは無い。
やはり車輪眼か?



何か、花の匂いがする。
甘い、強烈な匂いだ。噎せるような、はぜて広がっていくような存在感のある匂い。
剥き出しの額をさわと柔らかいものが掠めた。
ぺとりと何かが鼻の頭についた。きっとその花の花粉だろう。
そう思ったのも束の間、柔らかいひんやりとした葉っぱのようなものに頭を突っ込んでいるらしい。びしょびしょと頭が、うなじが夜露だろうか、濡れていき気持ち悪い。

ああ冷てぇ

そう思ってにわかにぎょっとする。
音が聞こえない。
運ばれる体の振動をただ感じるだけだ。

男はオレの身体を担ぎなおすと一歩一歩確かめるように歩みを進める。振動の具合からして階段か、坂だかを下っているように思う。




どうしたらいいんだ。
周りの様子が判らない。
目的も解らない。

暴れたところでどうにかなるものでなし、俺を担いでいるこの男一人だけかすら判らないのだ。


男の厳つい肩が腹に不快だ。一本に纏めた両足首を掴む手は厳つい肩の印象を裏切ってひんやりと冷たく湿り、女の手ほどではないだろうが華奢な感じだ。

アカデミーのときの教師の手を思い出した。
この手とはまるきり違いごつごつしていて、木のような、乾いて暖かい感じのする手だった。ナルトの馬鹿はこの手で頭を撫でられて、なんともいえない嬉しそうな顔で笑っていたのを何でだか思い出した。


ふっとした連想で周りへの注意がそれていたようで男の歩調がまた変わっていた。
男の背中からうっすらと汗の匂いがする。上半身は柔らかいシャツ一枚だけを身に付けているようだ。頬に当たるシャツ越しに鋼のような、なんて月並みな表現だが硬い、強そうな背中を感じる。



男の足が止まった。
さっきとは違う、やはり甘いさっきのものよりは澄んだような軽い感じのする、それでいて微かにべとつくような花の匂い。
この匂いは知っているな、と思った。
男は息を切らしているのかやたらと肩が上がったり下がったりし始めた。背中が息で膨らんだりしぼんだり忙しない。冷たい手はじっとりと濡れ、夜露を被ったうなじなどよりずっと気持ち悪い。

やばいな。

なんだか嫌な感じがする。

背中のしんをぞわぞわと何かが這うような悪寒が走る。

男の手が、身体がぶるぶると震える。

ああ、こいつから離れないと。

どうだ、今じゃこいつを刺激することになりやしないか?

いや今でないと。

男の手の震えが酷くなっていき、濡れた手はずるりと滑ってオレの足首を掴み損ねた。

ここだ!とばかりに身体全体を捻り、反動で肩から落下した。受身を取るようにはしたもののなにしろ見えない、聞こえないだ。

左肩から落下した。

固められた両膝も打ち付けられた。

鼻を打たなくてよかった。猿轡されて鼻血を出してじゃ苦しくて仕方なくなる。

地べたは湿っていた。打ち付けた肩やら膝やらが熱く感じる。左肩の方に回転してその場を退こうとすると右足が男に触れた。さわさわした。なんだ?

くるりと回転した。

ほこ。という感じの違和感が耳でした。
ぐぅ、とくぐもった唸り声を聞いた。

聞こえる!

耳に詰められた栓がずれてゆるんだようだった。
薬だとかを使われて聞こえないのじゃなかったのだ。
もう一度回転する。ごそ、と耳栓の動く感じがしたが取れはしない感じだ。

ぐ、うぅ。

は は は はっ。

はぁ――――。は――――――。ふ―――――っ。


男の荒い息遣いが聞こえる。

だんっ、だんっと地面を叩くか、踏みしめるような音がする。

何だ、なんなんだ?

耳を頼りに男から離れるべく、回転を繰り返す。

ふ――――。うぅ、ふぅ―――――。ふっ、ふっ、ふ―――――。

ふぅ――――――、ふぅ。

は、は、はっ。

ふぅ――――。ふ―――――。

ふぅぅ―――。ふぅ、ふぅ。



ふぅ―――――。



冷たい地面を転げながら男の呼吸が少しずつ治まっていくのが分かる。目が利かないため感覚が違うが眩暈のような感じがする。
頭が、身体がすうっと地面に引き寄せられるのだ。


がつ
と今度は足が何か固い物に触れる。
身体をくねらせ肩と顔で触れてみると大きな木のようだった。


ふぅ―――。


さっきよりは離れたところから男の息を吐く音が聞こえる。

耳だけが頼りだ。

思うように動かない身体をなんとか木の陰に隠れるように移動させる。
(本当に、隠れてるのか?)
先ほどの甘い花の匂いのする茂みがその側にあるのが分かった。
その中に身体を出来る限り急いで押し込める。
気持ちが悪い。
あいつは薄気味悪い。

おや、と思う。
やはりあいつしかいないんだろうか。
誰か周りにいたらオレを取り押さえないか?

どこかに残る冷静な部分で思う。


甘い、甘い花の香り。噎せかえる草の匂い。



オレは乱れる息を必死に押さえた。



ざし…ざ……

はっ…は…

ざし、ざし、ざし。

ふぅぅ…


男はオレを探しているのか、なんなのか息は未だ整えないままに足音も隠さず数歩、摺り足をするように移動しては立ち止まる。

ぷうん


蚊が飛び回りうっとおしい事この上ない。
こんな時に。
この蚊の奴の音さえ気取られやしないかと焦る。



ぷぅぅぅん




ぅぅうん






ぷうぅぅ


ぅぅぅん






ぱんっっ


男の方から音がした。蚊を潰したのか。

ふ、とわずかに息が漏れた。

ひゅっ

がつっ

頬がふと温かくなった。じわり濡れた。
しまっ…!

どしっ


「ぐ…ぅ」

背中を押さえつけられた。大きな足がオレの背中を踏みつける。
びしょびしょと夜露が降ってくる。

「ぅうぅ」

肺を圧迫され息の音が漏れる。





クククっ…


奴が咽喉の奥で嘲り笑う音が聞こえる。
オレの肋骨のみしみしと鳴る音も感じる。


あれほど強烈な甘い匂いも今はとおい。

何でこんなことを考えるのか。

皮膚の表面から痺れるように麻痺していく感じと、
すうっと何処かに押しやられる感じがした。






































 ………け、おい、さすけ、さすけ、わかるか。


 きづいてくれ。



 さすけ。





 サスケ!?


「う…」


 眩しいか。大丈夫か?おまえ。痛いところは無いか?


誰かがオレを気遣っている。聞いた声だ。
肩を抱く暖かい腕を感じる。

「なに…見えない。」


 無理に見なくっていい。


乾いた、暖かい手がオレの眼を覆う。


 おまえ、息は普通に出来るか。痛くないか?


なんだ?この手。誰だ・・・

「だれ…?」


 分かるな。アカデミーのイルカだ。

いるか?何で…??
明るいって。どうしたんだ、どうなった?

「何で」











 





[ちょっと長くなります。去年、家の近所に朝鮮朝顔のギョッとするようなおおきな花が何軒も何軒も点在し、街灯に不気味に照らされていましたが今年は不思議と一つとして見かけません。なんだったのでしょうか。]


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午陸 [MAIL]