ドモンの日記

2007年02月20日(火) 絢香 歌姫 リア・ディゾン

そしてその民主党と中国共産党を日本国内で援護する情報工作を
担当をしているのが『朝日新聞』である。

この朝日新聞とは、中国共産党と創価学会の影響を強く受け続け、
社員に在日枠が用意されているため在日朝鮮人が記事に影響を及ぼし、
中国共産党の機関紙(国営紙)である人民日報とは正式な提携関係にあり、
日中韓3国だけの意見を引用して反日をあたかも国際的意見のように騙りつつ、
裏では『朝鮮人の資金源である“武富士”』とつるむ露骨な売国新聞である。

そして『朝鮮総連(※後述)』にはジャーナリストらしい突っ込みを入れずに、
拉致被害者「曽我ひとみ」の当時北朝鮮にいる家族の住所をそのまま報道し、
本社の脱税額は11億8600万円などという明らかにモラルに欠けた
日本最大手の新聞である。


実はこの朝日新聞も戦前は愛国心(※当時の価値観で)溢れる新聞社だったのだが、
中国と朝鮮の影響で徐々に内容がおかしくなっていった。

1970年。
朝日新聞の広岡知男社長は中国の『文化大革命』を礼賛する記事を掲載した。

※文化大革命とは、中国政府にとって都合の悪い“自国民”を
 なんと「2000万人以上」政府が虐殺するという世界に類を見ない政策。
 (ちなみに原爆2発分の被害者ですら“数十万人”である。規模が桁2つ違う)
 世界中から非難されている中国の愚行を“肯定”する記事を載せたのである。

そしてその年の10月21日、

朝日新聞は『中国政府の意向に沿った記事を書くこと』を公言した。

1971年。
『南京大虐殺』という嘘を浸透させるキャンペーン開始。
朝日新聞の記者である本多勝一により『中国への旅』が連載された。

新聞で「百人斬り」「慰安婦」「大虐殺」など中国の注文通りの無茶な作り話を
検証を一切せずに報道し、日本国民に『罪悪感』を植え付けることに成功。

ちなみに日本刀は構造上1本の刀で斬れるのは2〜3人が限界でそれ以上は
刃を鍛えなおさなければ不可能であることは刀を知る者の常識である。
後に中国の嘘や捏造が次々と証明されるのだが、朝日新聞は報道しなかった。

そして後に、記事を書いた「本多勝一」の本名が「崔 泰英」であると発覚した。
つまり日本人ではない。

これがどんな意味か、言うまでもないだろう。


この洗脳工作が成功してしまった背景として、当時はまだ新聞やテレビが
「ある種の権威だったこと」が挙げられる。当時の国民は、新聞を疑えるほど
メディアに対して成熟していなかったため、「まさか新聞がいい加減なことを
掲載しないだろう」と完全に鵜呑みにしてしまったのだ。

さらに朝日新聞は自ら中国に1000万円の『謝罪的寄付』をするなどの
誘導的パフォーマンスまで行って「日本が悪いことをした」という嘘を
まるで真実であるかのように世間に浸透させ、『その状態で』同年9月に
日中国交樹立に至ったのである。これでは当時の政府が中国の出す
不利な条件を飲まざるを得なかったのは止むを得ないだろう。

そもそも今いわゆる“大虐殺”と呼ばれる南京攻略戦(1937年)は、不思議なことに
例の東京裁判まで『9年もの間』、中国を含め誰一人問題にしてない。

要するに南京戦というのは「戦時中、無数にあった局地戦のひとつ」でしか
なかったのである。
そんなものが東京裁判に際して突如出現するのは明らかに不自然である。

そして東京裁判では証拠(「誰々が是々と言っていた」という程度の伝聞が
証拠として扱われている)等の検証も一切されず、反論も許されぬまま、
戦勝国に「南京大虐殺はあった」という嘘を裁判で通されてしまった。
これがまず最初の捏造ポイントである。

そしてしばらくこの問題は「事実として」放置され、朝日新聞の報道の後、
1978年になって日本の中学校教科書に「南京大虐殺」が記述された。

ここにも面白い事実がある。

実はその時点(1978年)では、
『中国の教科書にさえ』南京大虐殺の記載などなかったのである。

中国の教科書にも日本の後追いで1979年から掲載したが、
『大虐殺』などという仰々しい名称をつけ、今になって大騒ぎしてるのに、
事件から『42年もの間、中国自身の教科書にも載ってなかった』
のだから、つくづく不思議なものである。

教科書だけではない。

中国の主張する『30万人の大虐殺』など
外国の記者を含め、兵士も民間人も誰一人記憶に留めていなかったし、
30万もの人を埋めたり河に流したりという不可能な証拠隠滅論など
世界中の誰も想像もしなかったのである。

……中国にとって「それ」が必要になるまでは。

当時の人間が「誰も見てない・誰も知らない」のは当たり前である。
実際には南京攻略戦という「並み程度の規模の局地戦」はあったが
朝日新聞と中国の主張する「大虐殺」など存在しなかったのだから。

なぜ突然、『それまで無かった話』が湧いて出たのだろう?

要するに南京大虐殺とは、

 1.東京裁判で日本を悪者にするため。

 2.戦後の日本人に自虐教育をするため。

 3.日中国交樹立交渉、及び、その後の日中の力関係を有利にするため。

大雑把にはこの3つの目的のために中国が急造したフィクションであり、
得意のプロパガンダ(宣伝工作)のひとつだったのである。

南京大虐殺という嘘は現在随分と浸透してしまった。
だが、間違いなく中国の捏造であるとはっきり断言できる。
南京については長くなるので後日別のページを作って説明するかもしれないが、
今回の趣旨とは異なるのでここでは簡単なまとめだけで割愛させて頂く。



★南京大虐殺の嘘

 「南京戦」という一般的な局地戦があったのは史実だが
 「大虐殺」などというものは存在しない。
 南京大虐殺とは東京裁判のために作られたフィクションである。

【普通にオカシイ】
・原爆被害者ですら数十万人なのに『一軍隊が30万も殺害』するのは不可能。
・そもそも『20万人しか居なかった街で30万人』が殺されるわけがない。
・仮に南京市に30万人がいたとして、それだけの人数が順番待ちでもしてたかのように
 『30万人全員が逃げずに殺される』などという話は現実的にはありえない。
・避難中の民が急に『戦闘地区に戻って来て』死者数が30万に増加など論外。
・30万人虐殺の一ヵ月後に『30万人が街に帰ってきたから人口が元に戻った』
 という中国の主張は不自然で整合性に欠ける。
・死んだはずの南京市で、元の人口相応数の子孫が生まれている。
・中国政府が『30万人は政治的数字だから変更できない』と公言したことが
 ある。中国国内の政治的数字など日本には知ったことではない。
・『大虐殺』の定義が不明。南京戦という局地戦における戦死者でまともに
 確認されたのはせいぜい2000人と一般戦闘並み。それを『大』とするなら
 妥当な規模ではないし、『虐殺』とする証拠も一切ない。つまり解決済みの
 一戦闘をことさら取り上げて日本を攻撃する『事件性がない』。
・日本軍に虐殺動機が全くない。
・物資不足で敗戦を余儀なくされた日本が、敵軍に急襲されかねない緊迫した
 状況下で弾薬を無駄にしてまで一般人を『遊興で30万殺害する説』など異常。
・虐殺後に減るならわかるが『逆に南京の人口が急増してることが不自然』。
・なぜか被害者数が年々『水増し』されている。
・「南京全市民は約20万人が全員無事だった」と、現地の安全区国際委員長から
 日本軍に感謝状が出されている。
・市民が避難した安全区に逃げ込んで一般市民の衣服を奪って武器を隠し
 持って日本を騙し撃ちする卑怯な兵隊を「便衣兵」というが、これらを
 捕まえて処刑するのは戦時国際法において合法な“戦闘行為”であり
 虐殺ではない。これを虐殺というのは逆恨みでしかない。
・「中国政府の意向に沿った記事を書くこと」を宣言した朝日新聞の自虐的な
 贖罪キャンペーンを受けて、戦後33年も経ってから日本の中学校教科書に
 突然『中国の教科書にさえ載ってなかった大虐殺』が登場することが不自然。
・日本の『敵国である外国人カメラマン』もたくさん南京市に取材に行って
 いたのに『虐殺写真が一枚も撮られていない』。存在しないものは撮れない。
・河に流しても燃やしても痕跡が残るはずの『30万人もの死体が完全に
 行方不明』。何の痕跡もなく人が消えるなどありえない。

【検証したらオカシイ】
・中国共産党軍の戦記(日中戦争を批判的にまとめたもの)の中にすら
 「南京虐殺」の記述など一行もない。
・中国国民党軍の「南京陥落の様子、将校・下士官・兵の戦傷者数」まで詳細に
 記録した軍事報告書にも「市民の虐殺」など一行も書かれてない。
・東京裁判で中国に「南京の人口が大虐殺で30万人も減」と報告書を提出した
 金陵大学社会学教授スマイスは、『東京裁判より前』の南京市の人口統計
 調査では「人口に大きな増減はない(日本の占領前も後も20〜25万人で
 変化なし)」と報告していて、南京の安全区国際委員長もその数字を確証
 している。(皮肉にもこれらは全て中国側の資料から証明された)つまり
 『東京裁判前は現地で調査した学者すら大虐殺など認めてない』のに、
 『東京裁判では同じ学者が全く別の数字を提出した』というのは不整合。
・現在入手可能な南京の証拠写真は検証の結果『全て証拠能力がない』と
 証明された。中には日本の雑誌の表紙から無関係な兵士写真を引用し
 南京での略奪の図として証拠にあげる例もあり、捏造の存在は否定不能。
 他の写真も『明らかな合成の痕跡』だけでなく『南京には存在しなかった
 戦車や崖が写っている』『冬だったはずなのに夏服』など捏造が判明。
 結局証拠能力があるものは3万枚の写真から『1枚も』残らなかった。
・南京大虐殺記念館にある人骨が『文革の時に殺された人々の骨』だった。
 つまり「別の場所、別の時代に、中国人が殺した中国人の骨」だった。
 同様に南京大虐殺記念館で人体実験の証拠として展示している写真は
 実は『被験者は中国人ではなく日本人である』と判明している。
・日本が詳細な調査を提案すると『中国は真実の露呈を恐れ調査から逃げ
 続けてる』。真実であれば逃げる理由などない。

【東京裁判がオカシイ】
・証人はナチス党員やプロテスタント宣教師など『全て中国の親しい友人』。
・『証人の偽証罪が存在しない裁判』は裁判とはいえない。
・東京裁判までの9年間『中国ですら南京戦に触れてもいないのは不自然』。
・戦後、空爆や毒ガス使用の非難はあったのに、南京は『国際連盟も一度も
 議題にしていない』ことが不自然。南京は東京裁判まで話題にすら出てない。
・敗戦国側からは判事を出すことを認めず、事後立法で裁いた上に判決理由も
 発表しない『国際法無視の東京裁判が根拠のない伝聞を証拠にしている』。
・鎌倉市より狭い南京城内に記者やカメラマンが約120人も占領と同時に入城
 したが誰も虐殺など見ておらず、現地に行って来たはずのプレスマンたちは
 皆、南京大虐殺を『東京裁判で初めて知って驚いた』という矛盾。
・東京裁判の証拠になった『統計表がどうみても捏造』。10年も経ってから
 作られた統計表にも関わらず、人数、性別、年齢まで詳細に書かれており、
 また『検証が一切されていない』ことから捏造と断ぜざるを得ない。
・日本軍が清掃し、戦後5ヶ月を経過した後に大量の死体があるわけがない。
・そもそも、統計表を信ずるとしても、死体発見場所からみて数値にある
 死体は戦死者の死体であり『日本軍による虐殺死体ではない』。
・統計表から崇善堂の例を挙げればブルドーザーやパワーショベルどころか
 トラックもほとんどない時代にたった12人の隊員で1日平均2600体を10日間
 続けて埋葬など不可能。また、この埋葬活動を見た日本人も誰一人いない。

【百歩譲ってもオカシイ】
・全ての捏造証明を差し置いても、日中共同声明で友好を確認する前に
 全ての問題事項は両国で綿密に討議され、その結果として国交が回復した
 経緯があるのに、何年も経て南京問題が突然噴出すること自体が異常。


東京裁判では証拠の検証すらロクにされてないことは世界各国(戦勝国含む)が
認めてることなのだから、“今このご時世に”まだガタガタ言う気であれば
『戦後のどさくさで誤魔化したもの』を誤魔化さずに全て用意し、公平に
調査して、南京大虐殺とやらを証明しなければ納得できるはずがない。

それらの証明を無視して南京大虐殺記念館を世界各国に建設したり世界遺産に
申請して公認させることを異常に急いでいることも、捏造を疑わざるを得ない。

が、現状としてこの案件に興味を持って調査しているのは日本人だけである。
世界は中国の宣伝を鵜呑みにしている。
 



話を戻すと、それらの中国の宣伝工作に
日本国内で協力していた売国奴が『朝日新聞』なのである。

その後も、朝日新聞は日本を中国に売り渡すために活躍し続けた。

『靖国参拝反対』というキャンぺ―ンを展開したのも朝日新聞。
朝日新聞と人民日報が“互いの記事を引用”しながら反対運動を増幅した。

以上引用

怖い〜〜〜!!


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