華のエレヂィ。〜elegy of various women 〜
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2007年11月02日(金)

欠けたる月の兎。 〜援助交際〜


優しく抱いて、と懇願したあと、急に押し黙った。
何か訳がありそうだ。

「判った」
 「ありがとう…」


ウサギはそう囁くと、俺の懐にもぐりこんできた。
そして、俺を見つめ正常位で入れて、と懇願してくる。

俺はその通りに、ウサギに挿入した。
非常に入り口が狭く、窮屈だ。
しかし俺自身が根元まで入ると、急に背を反らして喘ぎ出した。


 「すごいぃぃ、いあああ〜〜、あたる、あたるよぉぉ…!」


数分後。
俺もウサギも果てた。


終わった後。
まったりとする俺を尻目に、ウサギは余韻を楽しむ事無くベッドから抜け出す。
バックからタバコを取り出すとライターで火を点け、紫煙を深く吸い込む。

仕事上がりの一服のつもりか。
何だか拍子抜けした俺。


 「平良さん、ごめんね…万事こんな調子で」
「あぁ?…いいよ」

 「ちょっと薬飲むから、待っててくれる?」
「体調悪かったの?」

 「実はあたし、鬱なんだ…」
「…ウツ?」


ウサギは、鬱病だという。
それで、坑鬱剤を飲んでいるのだ。

ピルケースから錠剤を取り出し、指で押し出す。
口に投げ入れ、近くのペットボトルの緑茶で一気に流し込んだ。

投薬が終わった後、俺に免許証を見せてくれた。


 「すごい変化でしょ?薬でこんなに変わるんだよ」


さすがの俺も、その違いに目を凝らした。

免許証の写真には、可愛い女の子が写っている。
紛れも無い、まだ発症していない頃のウサギ本人だった。

今のウサギは、坑鬱剤の副作用で随分変化した状態だった。

ウサギは某コンピュータ会社のSEをしている旦那と2年前結婚した。
しかし、その後から鬱に悩まされるようになったというのだ。


 「こんなになっちゃったら、主人も女として見てくれないわよね」
「そうかぁ、でも何が原因だったの?」

 「さぁ?」


努めて明るく言葉にする。
しかし、ウサギは明らかに誤魔化した。


突然、ウサギの携帯電話がなる。


 「ヤバイ、お母さんからだ」

ウサギは部屋の角で電話に出た。


 「今ぁ?友達とお茶しているんだって!いいでしょ、これくらい!
  …判ってるって!はぁ?時間は見てるし!変な詮索しないで!」


実母なのだろうか。
それにしても大きな声で、乱暴な口調を声色でがなりだてる。

免許証の中のウサギは本当に可愛い。
目の前では、髪を振り乱さんばかりの形相でがなる。


俺はぼんやりと天井を見上げ、時間が経つのを待っていた。


 「…っとに、余計なことばかり言うババアだぜ」


電話を切ったものの、興奮冷めやらない様子のウサギ。


「今の、誰?」
 「はぁ?義理の母」

「義理…すごい口調だったね」
 「だって、超ウザイんだもん!」

「さっきまでの落ち着きようとはえらい違いだったな」
 「そう?それも症状だから」

「そういうもんかね」
 「そういうもんよ。勉強しといて」


やはり普通ではなさそうだ。
とんでもない女と関係を持ってしまった…


夕方。
帰宅する時間となった。


 「ここの前で降ろして」


車でホテルを出た後、ウサギは郊外のスーパーで降ろすよう頼んだ。


「夕飯の買出し?」
 「違う、うちはここなの」


スーパー脇の賃貸アパートが彼女、いや夫婦の住処だった。


「いいのかよ、俺に自宅を教えて…」
 「大丈夫!だって金目のものも可愛い女も、何も無いから(笑)」


空笑いするウサギはそう言い残して、足早に住処へ消えていった。





2週間ほど経ったある日。
ウサギと二度目の逢瀬の日だ。

今回は、春日井駅近くの喫茶店に呼び出された。

ウサギは前回とは違い、殊勝な態度で待っていた。



 「あたしね、平良さんの事が忘れられなくなってきたの」
「そりゃありがたいね(笑)…で、どこが?」

 「私に優しいところかな」
「だって、旦那さんは優しいでしょ?」


ウサギは強く首を左右に振る。


 「付き合ってた頃はね。でも最近は見向きもされないの」
「そうなんだ…」

 「やっぱり鬱病の女はお荷物だから、死ねって事でしょ」
「それは幾らなんでも言い過ぎだって、だめだよそんなこと言っちゃ」

 「そう?だって子どもも埋めないんだよ、薬で不細工になるし」
「でもそれは本心じゃないでしょ…」


ウサギは旦那に、事あるごとに鬱に関してなじられるという。
確かに、投薬治療中は子作りなどはできないと聞いたことはある。

でもそれを、一番身近な立場にいる旦那がなじる材料にするのは、
何よりもまずいだろう。

しかし、彼女は離婚などは考えていないという。


 「辛いけど、私も嫌な思いしたからさ…」


ウサギ自身も、両親の離婚がトラウマとなっているらしい。


「でも子供いないんでしょ?考えようでは、離婚も出来るんじゃない?」
 「じゃ、平良さんがもらってくれる?」

「…そいつは考えてなかったなぁ」
 「鬱な女なんかさぁ、就職や社会復帰は無理なんだって」


ウサギはとにかく自嘲が過ぎる女だった。
しかし、鬱に悩む人の心のうちをどこか代弁しているようだった。


 「でもさ、お金はやっぱり欲しいの」
「…?」

 「だからさ、平良さん。私を3万円で買って」


突拍子も無い申し入れだった。
援助交際を申し込まれたのだ。


「無理だね」


俺はそう断言した。


 「…やっぱり?」


ウサギはバツが悪そうに俺の顔を覗き込む。


「はっきり言って、鬱の女に金を払ってやるほどの価値は感じない」


俺はあえてきつく言った。

 「じゃ、半分じゃ?」
「駄目」

 「…じゃ、一万円?」
「駄目」

 「じゃ、今日はホテルなしでもいいのね…」
「結構。俺はそういうつもりじゃ無いから。帰るからね」


ウサギはそういって、俺の気を惹こうとしたが、俺は頑なに拒否した。
そのまま彼女を残して、店を出ようとした。


 「待って」
「待つけど、申し入れは受けないよ」 

 「違うの、話を聞いて」
「じゃ、車に乗れよ」


俺の車に乗せて、春日井市内を流しながらウサギの話を聞いた。


 「この前の事さ、友達に話したんだ…」
「で?」

 「バカね、どうしてお金取らなかったの!って叱られた」
「その友達も腐ってるよなぁ」

 「女が愛情も無い男に身体を許すのに、タダでやるほうがおかしいって」
「確かに旦那よりも愛情は無いよな」

 「でも旦那はもう私を女だと思ってない。タダのポンコツだとか言うの」
「夫婦の問題は夫婦間で解決するもんでしょ?」

 「ごめんなさい、平良さん…気分悪くしたよね?」
「援助交際はしないから、それだけ覚えておいて」

 「…ごめんなさい」
「今度言ったら、もう二度と連絡を取らないから」


 
俺はきつい言葉を繰り出しながら、ある事実に気付いていた。
だから彼女に同情してしまい、縁を切ることは出来なかった。

何ら難しいことではない。


ウサギは純粋な愛情に飢えている。



「どうして、鬱になったんだい?」
 「…疲れちゃったの」

「旦那さんは?」
 「主人は会社ばかり、仕事ばかり…で結婚後は私に構ってくれない」

「寂しいって、訴えた?」
 「言うだけ無駄だもん、鬱は邪魔者扱いされるだけで」

「それで、ずっと耐えてたんだ?」
 「そう。耐えて耐えて、いつの日からか疲れちゃった…」


鬱病は心の風邪というほど、誰もが掛かりうる病気。
そして我慢している人ほど、簡単に掛かってしまう。

日本人の10人に1人がかかっているといわれる、
糖尿病と並んで社会問題化している、厄介な病だ。


ウサギは生活の変化と寂しさに一生懸命耐えて、壊れてしまったのだ。


「あのさ、俺と本当にSexしたい?」
 「…したいよ、だって平良さんすごく上手だもん」


運転中の俺の左袖をつかんで、俺との逢瀬を懇願する。







俺の言葉に、ウサギは驚いて答えた。

「…なんで判るの?」



<次号に続く>


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