華のエレヂィ。〜elegy of various women 〜
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2005年08月03日(水)

愛の囁きも聞こえない。 〜負い目の代償〜

<前号より続く>


オーナーは俺にそう打ち明けた。

 「お客さん、彼女の耳を見たんじゃない?」
「・・・えぇ」

 「彼女、視線に敏感だから気付いちゃったんだね・・・
  覚えておいて、ここに独りで来る女性はみんな繊細だから」


俺は注意され、三度待合室で待たされた。

しばらくすると、オーナーが待合室に再び俺を呼びに来た。
他のカップル女性がもっと多くの男を求めている、その応援をしろという。

俗に言うスワッピングである。
ゴム付きとは言え、他人のイチモツが出入りしたばかりの女など抱けない。
そこまで俺は感覚は麻痺していない。
その誘いのキャンセルを申し出た。


 「お客さん、我が侭だねぇ・・・困るなぁ」
「・・・」

 「それとも先ほどのマイちゃん、ショックだった?」
「・・・」

 「あの娘ね、実は我々も扱いが難しい娘でね・・・」


マイに嫌われたのは確かに気分を害した。
しかし彼女の人間性には興味ある。
オーナーに問い質すと、俺の心情を察したのか口止めを条件に話してくれた。

最初はカップルでこの店に訪れたが、最近は単独で来るようになった。
その恋人は今も健在だそうだが、彼女には秘めた思いがあるという。
オーナーはそのマイの心情を筆談で聞き取っていた。


  『聾がSexを楽しんで、何が悪いの?』


身体障害者とSex・・・最もタブーとされる取り合わせではないだろうか。
しかしそれは、俺が幸運な事に健常者だから持つ、勝手な価値観。

身体障害者や知的障害者、老人の性問題に関して取り上げる機会は少ない。
しかし静かながら、確実に対策が必要な社会問題になりつつある。
彼らも人間である以上、我々と同様の性的欲求があっても不思議ではない。

上っ面な福祉制度改革やテレビ番組的なボランティアも大切なのだろうが、
実際に考えていくべき課題はもっと我々と同じ目線で転がっているのだ。

マイの恋人は健常者の同い年。
彼女を思い遣るあまり、全てにおいて気遣いを欠かさないらしい。
それは恋人との交わりの際でも。

マイは優し過ぎる彼に、内心辟易していたという。

何を遠慮してるのよ・・・
もっと私を求めてよ・・・

そんな彼女の意見に、彼氏が探してこの店に連れて来たそうだ。


マイは小さい頃、高熱に犯され音感の機能を失ったそうだ。
しかし聴力を失った彼女は、障害に負けない女だった。
健常者への対抗心はとても強い。
仕事でも、ファッションやメイクなど「女」としても弛まぬ努力をして来た。
ソバージュヘアも巧みに両耳を隠す手段だと悟った。

快楽への刺激が、いつしか健常な女性への対抗心へと引火していった。
そこからこの店に単独女性の常連客として出入りするきっかけになった。

 「だからその分プライドが高くてねぇ・・・」


事実を知らない客などが「イヤリング」・・・補聴器の事を話題にしたりすると
逆鱗に触れ、途端に機嫌を損ねるそうだ。


恋人のいる彼女がこの店に通い、飢えた単独男性と激しいSexに溺れる理由・・・
どんな事にも例え女の部分でも健常者に負けていない、
自分自身への存在証明だったのか。

何事にも手を抜いた行為を許さない。
何事にも度の過ぎた配慮は必要ない。
何事にも私を健常の女同様に扱って。

その彼女の厳しさは、ここの男性客にも求められてしまう。


 「だからか、評判は決して良くないんですよ・・・彼女は。
  今まで一度もオーガズムに達したことが無いそうだし」


マイはまた次の単独男性と行為に及んでいる。
しかし苦痛なのか、かなり顔を歪めている。
至極の快楽一歩手前で足踏みを繰り返すマイの女体。
焦りと苛立ちが募り続ける。
またさらにこの店で男を漁る。

心身と信念。
欲求不満の二重連鎖。
その暗闇に堕ちていく。


しかし補聴器を見られるのが嫌なら、店では外せば良いだけの話だ。

健常者の女性以上にと突っ走る彼女がそこまで知恵を回せないのは、
決して興味や快楽を貪るだけといった「健康的な理由」ではなく、
焦りや対抗心で心身が支配された彼女の、精神的な余裕が無い証拠。


聴覚障害者といっても、映画で活躍している女優もいる。
生まれつき耳の聞えない彼女は幼少から数々のいじめや差別を受けてきたが、
自らの障害と真正面から向き合い、持ち前の明るさと常に前向きな生き方、
そして手話で発揮される豊かな表現力で、遂には映画の主演女優になった。
聡明でとても芯の強い女性だ。

難しいかも知れない。
だが自らの障害を「負い目」でなく「個性」として向き合っていけるのなら、
マイはきっとより魅力的な女性として輝くだろう。
厳しい態度や表情で周囲の人間を威嚇する事も無くなるだろう。
恋人もまるで腫れ物に触るような扱いをせずに済むのではないか。

しかし彼女がそれに気付くのは、残念ながらまだ随分先になるだろう。



マイは3人目の男性客の胸を突き上げ、また「離れて」との合図を出す。
もう一人の店員が先程の俺と同様に引き離す。

マイは苛立ちを露にソファのクッションを一発音を立てて叩く。
そしてバスローブを羽織り、シャワーへと消えていった。

欲求を果たせないままの男性客はオーナーに抗議しているようだが、
この店はいわゆる風俗では無いので、その欲求を果たす義務は無い。
そう言い諭されると、その客はがっかりとして待合室へ戻っていった。


メイク直しも手早く済ませたマイは、確かに気の強そうな女だった。
また、そういうメイクを施しているのだろう。
マイは化粧では隠し切れない、厳しい表情を浮かべて足早に店を出た。

 「もっと素直にこの店を楽しんでくれればいいんだけど・・・」


オーナーが苦笑いを浮かべた。

こういう類の店は女性が来ないと成り立たない。
なので多少迷惑な女性でも、女性である限り受け入れざるを得ないのだ。

だからといって、そういう女性客の相手を安くない料金を払い利用する
男性客に回されても困る。
どういった建前があれど、料金を払う以上は俺たちは客である。

 「ここはサークル。いいですか?
  それが嫌なら、もう来なくていいですよ」


そんな俺の意見をオーナーにぶつけると、そう冷淡に言い返された。
こういうシステムは、俺には合わない。

まだまだ盛り上がっている店内は、他のスワッピングカップルや単独女性が
様々な男性と楽しげに自由交歓でまぐわっている。

AVではめずらしくない世界。
しかし非日常を味わえるとはいえ、俺には合わない世界だと悟った。


俺はシャワーを浴び、着替えると店を出た。

オーナーが見送りに・・・というよりも鍵を掛けに出て来た。








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 「本当に返した人はお客さんが初めてですよ」


呆れた口調だったが、オーナーがどんな表情をして言ったかは知らない。
突き返し、振り返る事無く店を出たからだ。

すっかり、深夜。
物静かな住宅街も常夜灯のおかげで、物騒な夜道も暗くない。
俺は車を停めてある駐車場に急いだ。

この道をもう少し進んでいくと、私鉄の駅がある。
先程のマイはこの道を、駅を目指して歩いて行ったのだろうか。
苛立ちを隠さない、その態度で。

そんな生き方を続ける限り、彼女には恋人の愛の囁きも聞こえないだろう。




 ☆ 10か月ぶりの掲載です。
   休載期間中、お待ちいただいた愛読者の皆様。
   温かい励ましを戴き、本当にありがとうございます。
 
   今回のエレヂィは予定を変更して短編をお届けしました。

   次回は8月下旬に『秘密営業。』でお会いしましょう。

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