華のエレヂィ。〜elegy of various women 〜 | ||
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2003年01月14日(火) 年下の男の子。 〜接吻〜 |
<前号より続く> 堕胎手術とは、女性の心を最も大きく傷つけるものの一つだ。 真知子が受けた心のダメージは計り知れない。 「これを機に、その男と別れたらどうだ?」 「・・・出来ない。私が付いていなきゃ、あの子はダメになるから」 「前から言おうと思ってたけど、それって本当に彼への愛情なのか?」 「・・・・・・」 「真知子、奴に甘い態度を取り過ぎなんだって。相手は大人の男だろ?」 「・・・でも彼は私を愛してくれている。私も彼を愛しているよ」 「だからそれって、本当に愛情なのか?自分だけ我慢して抱え込んで・・・」 「わかんない・・・でも、彼には私が必要なの・・・」 「考えてみろよ!おかしいよ、自分自身をもっと大事にしなよ!」 「あなたにそんな事まで言われる筋合いは無いわ」 頑ななまでの、真知子からの言葉。 俺は次の言葉が続かなかった。 『愛とは、究極的には・・・相手のために死ねる事である』 とある仏教研究家が遺した言葉だ。 自己犠牲こそが究極の愛情表現・・・仏教上ではそういう意味だ、と解釈している。 俺はこの言葉が頭にこびり付いている。 確かに愛情には様々な形があっていいと思う。 時には自己犠牲の上に成り立つ愛情だってあろう。 泰之に対する真知子の姿勢。 どんな状況にあっても「私が付いていてあげなきゃいけない」と信じている。 真知子は決して楽な生活を送っている訳ない。 正しく自己犠牲上に成り立つ愛情だ。 真知子は今にして思えば、とても母性の強い女性だった。 その強い母性を発揮させていたのは、年下でヤンチャな泰之である。 自分の力でまだ立てない軟弱な若造に対しての情愛は、母親の様に限りない。 相手の要望に出来る限り答える事で、自分の愛情の深さを伝えようとする。 それが例え自分の身を削るほどの負担を強いられても。 決して余裕のある状況ではない。 まともに眠れないほどの状況で、なお自らに鞭を入れて奮闘し続けているのだ。 どんな状況になっても、自分が泰之の恋人として存在している。 例えどんな理不尽な、幼稚な要求でも・・・ その要望の“裏の真意”を自分なりに汲み取って、相手に尽くす。 離婚した後、いや離婚前から追い込まれていた。 娘として父の介護、母として娘の子育て、収入源としてパート務め。 限界を超えるほどの心身の疲労とストレス。 尽きない苦労と試練、それでも何とか持ちこたえている。 頑張っていた。 先の見えない、見返りのない、真っ暗闇での全力疾走。 しかし体力が残り少ない中での疾走は、あまりに負担が大きすぎる。 その証拠に、彼女は草臥れていた。 そんな苦しい中で出来た心の隙間。 その隙間を埋めさせてくれる存在が恋人の泰之だとしたら・・・ 相手に尽くす事が真知子なりの究極の愛情表現であった。 そうして相手に愛を表現する事で、泰之を支えているだけではなく、 彼女にとっても『心の柱』となって支えられていた。 そこで自分自身の居場所を、存在価値を見出し、隙間を埋めていく。 彼女が自分の価値を再確認できる、数少ない機会だった。 もし泰之の存在が消えたら・・・ 彼女は一気にバランスを失って、全て崩れ落ちてしまうだろう。 彼が頼りない男であればあるほど、例え自分の負担が増え続けても・・・ 男の大成を信じて支えていくだろう。 真知子はそういう女だと思う。 俺には、泰之の代わりは出来ない。 敗北感に似た空しさが、何時の間にか俺の心に漂っていた。 中絶騒動からまたしばらく経った、ある日曜日。 昼過ぎに真知子から電話があった。 「平良君?真知子です」 「おお、久しぶり。体調はどうだい?」 「ありがとう・・・大分良くなったよ」 「そうか・・・だったら良かったよ」 「心配かけたみたいだね」 「ああ、でも元気ならいいよ」 この頃、真知子は次の仕事も辞めて自宅にいた。 年老いた父親の体調が思わしくなく、自宅で介護にあたっていた。 さらに両親には内緒で受けた中絶手術から休みを取らず、 すぐに生活に戻った真知子の身体は微熱が続き、疲弊し尽くしていた。 収入も両親の年金に頼り、貯金も目減りしていた。 「だからね、ダイヤルQのサクラのバイトを始めたの・・・」 朝早くから娘を保育園へ送り出し、家事と介護をこなす。 しかし時間が無さ過ぎて、外へ働きにいけない。 昼前、昼過ぎ、そして深夜なら時間が比較的取れる。 彼女はその時間を活用すべく、サクラのバイトをネジ込んだ。 当時はダイヤルQのアダルト系ツーショットの全盛期だった。 放っておいても電話が鳴り続け、切っても切っても鳴り止まない。 電話の仕事は生活のためだから、と親にも泰之にも言い切った。 朝から夜遅くまで、連日連夜受話器に向かって奮闘する。 アダルト系なので、テレフォンSexの依頼も多かったという。 演技とはいえ、生活のためとはいえ、娘の喘ぎ声が部屋から漏れる。 生活がかかっているとはいえ、親の気持ちは複雑だったろう。 そこに泰之が相変わらず転がり込んでいる。 あくまで彼は真知子を手伝いに居るのではない。 真知子を監視し、求めるために居るようなものだ。 その喘ぎ声にヤキモチを妬き、泰之は有り余る体力を真知子に向けてくる。 疲れた心身を省みず、彼の我が侭に答える彼女。 娘の子育て、親の介護、サクラのバイト、そこに泰之が求めて来る。 一日中、誰かの面倒を見ているのだ。 睡眠時間は一日で3時間を切るという。 それも細切れで、熟睡できない日々が続く。 重い偏頭痛に悩まされていた。 サクラのバイト中に話しながら途中で寝ていたこともあったそうだ。 しわがれた、圧力の弱い声で分かる。 真知子は本当に疲れていた。 「でもね、今日はいいこともあったよ・・・」 新聞の休日特集で、真知子が好きな画家の絵がカラー印刷で特集されていたという。 「平良君、知ってるかな?クリムトの『接吻』って」 「え〜っと、あのぅ・・・金箔か何かの豪華そうな絵だったっけ?」 「そう、その特集だったの・・・早速切り抜いて部屋に貼ってるの」 俺は同じ新聞を取っていたので、早速開いて眺めてみる。 中央に織り込まれたカラー印刷の休日特集で特集されていた。 絵画に疎い俺は、この絵を中学校の美術の資料集くらいでしか見たことが無かった。 オーストリアの画家、グスタフ・クリムト(1862〜1918)が遺した、 『人生の三時期』『抱擁』と並ぶ代表作が『the KISS〜接吻』である。 今や世界で最も有名なkissの絵、といっても過言ではない。 19世紀末当時の流行だった金箔を多用した豪華で鮮烈な画調。 抱き締め合い、覆い被さるように女性の頬に接吻する男性の力強さ。 逆に身体の力を抜き男性を受け入れる女性の柔らかく恍惚の表情。 真知子はこの名画に心癒されるのだという。 「この女の子の表情がね・・・すごく可愛くて癒されるの」 真知子の声に、少し温もりが戻ってきた気がした。 俺はほんの少しだけ安心した。 <以下次号> |
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