華のエレヂィ。〜elegy of various women 〜 | ||
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2002年12月04日(水) 203号室のフィリピーナ。 〜女の正体〜 |
<前号より続く> 203号室を中心にした半径10数メートルは、 まるで爆弾が炸裂したかのような破損物の散乱具合だった。 とても一人の女性が暴れた跡とは思えない。 その部屋の下の道路には、茶色い粉々のガラス辺が無数に飛び散っている。 脇には醜く変形したビールケース。 なんと2階からビールの空き瓶をケースごと外の人間に投げつけたという。 そして木製の家具を壊した破片も落ちている。 アパート据付の下駄箱をバットで叩き壊して、これも投げつけた。 そのほかにもある。 茶碗が入ったケース。 漫画の単行本やビデオテープ。 古新聞やヌード雑誌の束。 真新しいアルバム。 台所の調理道具や調味料。 男物の服や下着。 部屋の中にある小物のほとんどを外へ投げつけていた。 狂気としか言い様が無い。 203号室の開けっ放しになったドアの中を覗いてみた。 抜け殻の部屋の惨状は想像以上だった。 割られたガラスの引き戸。 所々くぼんだ金属バット。 鈍く輝くゴルフのアイアンクラブ。 画面にヒビの入ったテレビ。 床に落ちている血痕。 ばら撒かれた錠剤。 細かく破られた写真。 文字通りぐしゃぐしゃになった部屋の中。 そして微かにガス臭い。 そのガスを抜くために、ドアは開けっ放しにされていたのだ。 警察が引き上げたあと、しばらく不寝番として、 俺達はその部屋の住人の帰りを待った。 やけに月明かりが綺麗だった夜。 放射冷却で底冷えのする街の片隅。 結局、その夜は熟年男は帰ってこなかった。 次の朝。 他の住人達は203号室周辺の後片付けに追われた。 しかしガラスの破片などは無数に散らばり、とても回収しきれない。 俺は出勤時間もあって、早々に引き上げさせてもらい、出勤した。 まだ熱があるが、休んでいられない時期だった。 その日の仕事が終わり帰ってみると、昨日の惨状が嘘のように片付いていた。 ただ203号室のベランダのサッシはまだ無い。 夕暮れの乾いた風に吹かれて、 ベランダのカーテンが旗のようにはためいていた。 数日後。 俺は近所のスーパーで202号室の住人の男性と偶然会った。 「こんばんは、先日は大変でしたね」 「お隣りだったから、そちらこそ大変だったでしょう・・・」 挨拶以外で話すのは初めてだ。 その場で少し立ち話をする。 しかし、その話は中身の濃いものだった。 あの女性の狂乱の理由が明らかになったからだ。 あの彼女は、フィリピンパブでホステスとして働く19歳。 名前はアイラというそうだ。 源氏名か本名かは分からない。 アイラは203号室の熟年男の若い愛人だった。 男は自宅以外でアパートを別宅として借りていたという。 そこでアイラをかこっていたのだ。 家庭を持つ熟年男の下品な思惑とは違い、 アイラはその男の施しを真実の愛情だと信じていた。 そして関係を続けていくうちに、アイラの身体に異変が生じた。 202号室の男性は声を潜めて話す。 「あの娘、妊娠してたんだってさ・・・」 アイラは愛する男性の子どもを身篭っていた。 その喜びを父である熟年男に報告した。 そこで彼は即座に堕胎するようにと、彼女を突き放したのだ。 宗教上、またはその国の文化の違いから、堕胎という罪の重みは違う。 堕胎天国と揶揄される日本とは違い、キリスト教圏のフィリピンでは重罪だ。 それに、愛を信じた男が父となった子どもである。 愛する男からの、信じられない言葉。 その怒りと悲しみから、先日の衝動的な行動に繋がる。 「そりゃ怒るよね・・・」 「・・・なんだか聞いてるだけで腹立たしいですよね」 アイラに限らず、アジア各地から日本に出稼ぎに来る者は多い。 男性なら現場作業などの肉体労働。 女性なら外国人パブなどの水商売。 不景気になったとはいえ、 貧しい国から見れば日本はまだ魅力的な職場に映った、あの頃。 アイラも夢見て出稼ぎに異国へやってきた、その一人だったのだろう。 身寄りの無い異国の田舎町。 彼女はたった一人で生き抜き、日本人の男相手に稼ぎ出す。 蔑まれても、尻や胸を乱暴に弄られても耐えながら。 作り笑顔で酒を注ぎ、率先して盛り上がって見せ、男に媚びる。 そして稼ぎ出した金の大部分を母国に残した家族へ送金しているのだ。 日本語も片言しか使えない。 友達と呼べる存在も居たかどうか分からない。 誰もが孤独な中で、個々の『幸せな生活』を夢見ていた。 我々日本人は、欧米系以外の外国人に対して、 どこか冷たい態度を取ってしまうではないか。 彼女は母国と同じような島国の中で、母国と違って孤独だったに違いない。 <以下次号> |
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