華のエレヂィ。〜elegy of various women 〜 | ||
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2002年10月21日(月) 籠の中の貞淑な小鳥。 〜隠し味〜 |
<前号より続く> 俺は只ならぬ敏子の雰囲気に、言葉を待つしかなかった。 「初めてなの・・・こんな気持ちになったのが・・・すごく不思議なの」 「どんな気持ち?」 「迷惑だって、失礼だって分かってるのに・・・私、私・・・ でもすごく平良クンに会いたい気持ちだった・・・会って本音を話したい」 今日の駄菓子問屋でのデート。 敏子はその数時間をずっと悔いていた、と言った。 自分の都合で息子ほどの年下の男性をわざわざ呼び出しておいて、 何も話せずに帰ってきてしまった、身勝手な自分がすごく寂しい、と。 「それだけ?」 俺の問いかけに、敏子は首を横に振った。 「ううん、こんな気持ち、うちの人以外に感じちゃいけないって分かってる」 「どういう気持ち?」 「私ね・・・すごくドキドキしたの・・・」 短いデートの間に、自分が昔経験できなかった『トキメキ』を感じたという。 自分の中で意識するのを避けていた『女』を思い起こしたのか。 男は老いても、骨になるまでずっと男である。 結婚し家庭を持っても、新たな女性が現れると、オスの本能が目覚める。 女だって結婚して母となっても、他の男の前ではまだ「女」なのだ。 それだって何ら不思議な事ではない。 自分がまだ『女』だったと自認したその思い。 彼女の心だけに留めておくには、あまりに大き過ぎたのだろう。 長らく封印した自分の本音。 導火線に火が付いた今、暴発するのに時間は掛からない。 気が付くと、俺の部屋に電話して呼び出していたという。 家族には今度の旅行のミーティングだと嘘までついて抜け出してきた。 俺は純粋に嬉しかった。 例え相手が親ほど歳が離れた女性だとしても、 生意気な若造の俺に、男としてトキメキを感じてくれた事が。 「ありがとう」 俺は運転席に座る敏子の膝の上の左手を握った。 敏子はさらに緊張したのか、身を固めた。 時間はすでに10時を過ぎる。 あまり遅くなると、電車で帰れない。 俺は再び新一宮駅まで送ってもらった。 「もしよければ・・・今度うちにおいでよ」 「いいの?本当にいいの?」 「今度、敏子の手料理、食べさせてよ!」 安心した敏子の笑顔が印象的だった。 俺は敏子に再会を約束して、豊橋行き特急に乗るために高架の階段を駆け上がった。 頭上では、電車が入線する鋼鉄の音が重く響く。 しばらく経った秋晴れの日。 俺は最寄の駅で、敏子の到着を待った。 恐いので名古屋の街が走れない、高速道路にも乗れないという敏子は、 無難に電車で来る事にした。 まばらな乗客の中で、敏子は現れた。 俺は彼女に手を振って合図する。 敏子は笑顔を浮かべて一礼する。 駅を出て、二人で穏やかな秋の日和の中を歩く。 「途中、スーパーある?」 「何?」 「ちょっと買いたいものがあるんだ」 少し遠回りになるが、近所のスーパーへ立ち寄って敏子の買い物に付き合う。 俺のアパートに到着すると、敏子はバックからエプロンを取り出した。 女性のエプロン姿というのは、どこか勇ましい。 「おお、本格的だねぇ」 「だって、服なんかにはねちゃうといけないでしょ?」 敏子は俺のために、冷凍保存が利くミートソースを作ってくれるという。 しかし取り出したのは、なんと干しシイタケ。 「これ、どうするの?」 「一人暮らしの男の子の部屋には、こんなの無いでしょ?」 「そりゃ無いけど・・・」 敏子は小鉢にぬるま湯を入れ、掌で軽く叩いた干しシイタケを漬けた。 砂糖をひとつまみ入れて、そのまま電子レンジに入れた。 「こうすると、早く柔らかくなるのよ」 敏子はとにかく手際が良い。 ミンチの下準備、ホールトマト缶の準備、鍋に湯を沸かせてパスタの準備・・・ 次々と流れるようにこなしていく。 小鍋にサラダ油を引き、ミンチと玉ねぎの微塵切りを炒める。 そこに缶のトマトを入れて軽く潰しながら中火で煮込む。 電子レンジで軽く暖めたシイタケを取り出して、また微塵切りにして中に入れた。 和の食材を洋食のソースに入れる。 ちょっとしたカルチャーショックだ。 「平良クン若いから。ちゃんと栄養取らなきゃね」 そして、なんとソースの中に干しシイタケの出汁を入れるではないか。 不思議そうな表情を浮かべる俺に、微笑みながら答える。 「これ?うふふ・・・隠し味っ」 こうする事で、味が深く濃厚になるそうだ。 アルデンテに茹で上がったパスタを皿に取り、 丁度同じタイミングで出来上がったミートソースを上から掛ける。 その間に簡単なサラダまで作っていた敏子。 「短い間にこれだけの事をしちゃうんだぁ・・・凄いねぇ!」 「そう?毎日だと誰も何も言ってくれなくなるわ」 居間のテーブルの上には、普段は並ばない華やかな彩りの皿が並んだ。 <以下次号> |
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