手から「おいしなるビーム」が出てる、としか思えない人というのが、いる。
家にある普通の材料で、魔法をかけたように、とんでもなくおいしいものを作り出してしまう人。
わたしが大学一年生のときに間借り下宿した、同居の大家さんでまかないを作ってくれていた美智子さんがそうだった。
「てっぱん」(BSプレミアムで夜7時〜再放送中)の初音ばあちゃんも、そう。
田中荘の下宿人・民男に「大家さん、手ぇからおいしなるビーム出てるんとちゃう?」と言わせる台詞を書いた。
その台詞には元ネタがあり、「私はなー、手ぇからおいしなるビームが出てるんや」とのたまった料理人がいた。
京都に住むその料理人がわが家に来るたび、「なんか作って」とお願いする。
前に来たときは、煮魚の煮汁が美しく澄んでいることに驚いた。
うちにある鍋で、うちにある醤油で、いつも買ってる魚で、なんでこんな違いが生まれるのか。
手ぇからおいしなるビームが出てるせい、としか言いようがない。
今食も、昨日買ってきたというVironのパンに、うちにあるオリーブオイルと塩をすりこみ、チーズとトマトとベランダのバジルをのっけて、絶品オープンサンドを作ってくれた。
ささっと手際良く作って、わおっというものをこしらえてしまう。
もちろん、オリーブオイルも塩もいいものだし、Vironのパンも優秀なのだけど、わたしの手で作ると、この微妙で絶妙な塩梅というのがなかなかうまくいかない。
おいしなるビーム、おそるべし。
こうなると、否が応でも昼食への期待が高まる。
「七面鳥が入るぐらいのオーブン用意しといてや」と事前に言われていたので、ちょうど調子が悪くなっていたオーブンレンジを買い替えた。容量33リットル。でかい七面鳥だって堂々納まる。
はるか二十年以上前、貧乏学生だった頃、七面鳥に香草とワイルドライスを詰めたものを料理人にふるまってもらい、こんなうまいもんが世の中にあったのか、と度肝を抜かれた。
あの七面鳥を再び!と期待したら、「今回は違うもんを焼く」と料理人。
「簡単やけど、あっと驚くような、あんたの看板料理になるもんや」と言う。
材料は、いつもの肉屋で買ってきた豚肉の塊。
うちにあるオリーブオイル。
うちにある胡椒。
うちにある塩。
うちにある卵の白身。
近所の花屋で買い求めたローズマリー。(「苗を買ったら、また作れるやろ?」とのこと)
それだけ。
肉にオリーブオイルと胡椒をすりこみ(表面に油をしっかりすりこむことで、塩がしみこみすぎるのを防ぐらしい)、ローズマリーを散らし、卵白1個分(今回はそのまま混ぜたが泡立てるとなおよしとのこと)をまぜた塩(今回は500g使ったが1kgあるとなおよしとのこと)をペタペタと塗りつけ、塩窯コーティングする。
アルミホイルに包み、オーブンで1時間ほど焼いて、あとは余熱でじっくりと味をしみこませる。
さてさて、出来上がりは……。
アルミホイルを解く瞬間、「おおっ」となる。パーティをにぎやかにしてくれそう。
焼く前に刻んでくれた娘の名前「TAMA」と、エンボスで描いてくれた豚の鼻も、くっきりいい感じ。小学校のときに紙粘土細工を焼いたのを思い出す。
「魚でやるときは、魚の絵を描くんや」と料理人。
肉汁をほとばしらせながら、切り分け、いただきます。
まあこれは!と目を見張る、豚と塩の見事なマリアージュ!
マスタードを用意していたけれど、ローズマリー味の塩だれがあれば、後は何もいらない。
豚の脂と溶け合った塩だれをスプーンですくって肉にかけつつ味わうと、頬から舌から喉からとろけていきそうになる。
肉食娘のたまもむさぼるようにおかわり。
これは、すぐにでも、また食べたい。また作りたい。
手順は簡単だから再現可能。
問題は、おいしなるビームなしに、どこまでこの味に近づけるか、だ。
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