2012年01月30日(月)  パンがバターに化けるまで(中学生のドラマ脚本会議その1)

母校・堺市立三原台中学校での二日間にわたる「中学生のドラマ脚本会議」授業。その興奮がさめないうちに書き留めたいと思いながら、一週間近く経ってしまった。

少し記憶があやふやになっているところはあるけれど、まだ余韻は残っている。わたしが感じた手応えと熱気が、この日記を読む人にも届きますように。

きっかけは、昨年10月、母校で講演した折りに「中学生に脚本作りを教えたい」と校長の着本先生に話したことだった。「いつかやりたいですね」と遠い約束で終わってしまうところを、着本先生は「いつやりましょうか」とすかさず動いてくれ、3か月後に実現することになった。

さらに校長先生が教育委員会にも働きかけてくれたことで、堺市の教育センターの研修の一環として授業を行えることになった。

そこからは、校長先生と国語科の加藤先生とメール交換しながら、何をするか、どんな授業にするかを探っていった。

まず一日目にわたしが生徒向けに授業をして、それを見学した先生方と意見交換をする。また、先生向けの脚本教室もやる。それを踏まえて二日目に加藤先生が生徒向けに授業をした後に先生方と意見交換をする。そんな流れを決めた。

授業の内容は、役者のワークショップでやるような即興芝居をやってみようかとも思ったのだけど、短時間で脚本作りの醍醐味を味わえるように「原作からドラマを作る」ことにした。授業のタイトルを「脚本教室」ではなく「脚本会議」としたのは、実際の脚本開発の現場に近いブレストをやってみようと思ったから。

誰でも知っている古典的な話を現代風にアレンジするのがいいと思い、原作は「桃太郎」でやるつもりだった。ところが、一月半ばにOヘンリーの「Witches' Loaves」を原作にしたラジオドラマを聴いて、気が変わった。宅間孝行さんが出るので聴いたのだけど、起承転結が明快だし、恋の話だし、中学生にいじってもらうには打ってつけの素材! ほんと、ネタはどこに転がっているか、わからない。

早速amazonで調べて、読みやすいと高評価を得ていた千葉茂樹さん翻訳の魔女のパン (オー・ヘンリーショートストーリーセレクション 3)を取り寄せた。「魔女のパン」は原題の直訳だけど、宅間さんのラジオドラマでは「ミス・マーサのパン」というタイトルだったし、「善女のパン」という別名もあるらしい。

読んでみると、難しい漢字にはルビを振ってあるし、これなら中学一年生にもとっつきやすい。いい原作が見つかったことで、だいぶ気がラクになった。


ところで、著作権保持者の一人としては、授業で文学作品を取り上げる場合の著作権はどうなるのか気になるところ。調べてみると、学校教育においては、例外的に著作権の許諾なく使用や複製ができることになっているらしい。

というわけで、事前承諾なしに使わせていただいたが、とにかく読みやすいし、表題作品の他にも脚本会議の材料になりそうな短編が納められている。使わせていただいたお礼代わりに、この本を声を大にしておすすめしたい。

〈この「魔女のパン」を何度も読んでおいてください。頭で丸暗記する必要はありません。体にたたきこんでください〉と生徒あての手紙を添えて中学校に送った。

そうして迎えた脚本会議本番当日。

予定では生徒向けの授業をまずやるはずだったのが、インフルエンザによる学級閉鎖があり、「1日目に先生方と脚本会議、その後先生方向けに脚本教室と意見交換」「2日目の午前にわたしの脚本会議授業、午後に加藤先生の脚本会議授業、その後に意見交換」という流れに変更になった。

脚本会議に参加されたのは、三原台中学校の先生方と、堺市の教育センターによるリーダー研修の先生方、PTA新聞の取材の方、地元紙「泉北コミュニティ」の記者さん。校長先生が声をかけた、地元高校の演劇部の顧問の先生も。

仕上がりのドラマや映画を「家」とすると、脚本は「設計図」に喩えられる。オリジナル脚本の場合は「新築の家の設計図」であり、原作ものの脚本の場合は「改築の設計図」と言える。改築と同じく、原作の面白いところは残し、もっと面白くできるところは変えていく。そのときに大事なのは「柱」まで取っ払ってしまわないこと……といった前置きをしてから、会議を始めた。

さて、原作「魔女のパン」。原作を見ながらではなく、わたしの頭の中に残ったあらすじを書き起こしてみると。
パン屋のマーサは独身の四十女。2千ドルの預金と自分の店を持っている。
恋人はいないが、気になる客がいる。同い年ぐらいの紳士だ。
しかし、彼が決まって買っていくのは、マーサの自慢の焼きたてパンではなく、古くなって半額になったパンである。
彼の指先に絵の具がついているのに気づいたマーサは、彼が売れない絵描きで、貧乏だから、古いパンしか買えないのだと思う。
そのことを確かめるために、マーサが店に絵を飾ってみると、彼は絵をほめた上で「遠近法がなっていない」と指摘した。
彼は才能があるが芽が出ていないのだとマーサは思い、そんな彼を支えたい気持ちを募らせ、胸をときめかせる。
ある日、彼が店に来たとき、外で消防車のサイレンが鳴った。彼が外へ様子を見に行ったすきに、マーサは彼が買い求める古パンの間にバターを塗る。
絵描きのプライドを傷つけずに栄養のついたものを食べさせたいという想いからだった。
マーサの小さな親切に気づいた彼の反応が楽しみだった。
だが、マーサの夢想は、店に怒鳴り込んで来た彼の声で破られる。
一緒に来た彼の友人によると、彼は絵描きではなく、建築家の卵だった。
コンペに提出する設計図の下絵を消すために古パンを使っていたのだが、いよいよ完成というときに、バターのせいで台無しになってしまった。
マーサの短い恋は、終わった。

この原作をもとに、脚本開発の現場と同じく、まずは「キャラクター」を決めることに。

ヒロインのミス・マーサを大阪の女にしましょう。年齢も40歳に縛られずに、好きに考えましょう、と提案。皆さんの意見から、

島田まりこ 28歳

という名前と年齢になった。原作では、ヒロインは「2000ドルの預金と自分の店」を持っていることになっている。新しいパンが一個5セントなのを日本円で百円として、「預金は約400万円」に。28歳の若さにしては、裕福すぎるのでは?と問いかけると「バツイチで、慰謝料で店を持った」というアイデアが出た。

このあたり、大人組はリアル。

まりことのバランスで、今度は相手の男のキャラクターを決める。

正木たつや

という名前で、年下がいいということになり、25歳ぐらいだった覚えがあるが、「大学院生」という設定になった。原作では相手の男はドイツ語訛りなのだが、脚本では加藤先生の出身の「出雲」の言葉を話すことに。

続いて、柱を決めていく。

この物語、お手本のように美しく「起」「承」「転」「結」の流れになっている。

起 恋をする
承 盛り上がる
転 行動を起こす
結 ふられる


この流れに沿って、わたしが質問を投げかけ、順番に当てていきながら、答えをつなげていった。

面白かったのは、新キャラ「ひろこ」の登場。

片想いで盛り上がるヒロインの妄想シーンをどう表現するかというところで、「独り言よりも相手がいたほうがいいのでは?」とわたしが提案。すると「同い年で早くに結婚して子どもが育ち盛りの女友達」に電話で相談してはどうかというアイデアが出た。

「今日、ヘンな客が来たのよ。古いパンはありますかって聞いて買って行ったの。手は絵の具で汚れてるし」と警戒するまりこに「画家じゃないの?売れないから貧乏で、安い古パンしか買えないんじゃない?」と指摘するひろこ。ひろこはダンナの稼ぎが少なくてお金で苦労しているので、「そういう男とくっつくと苦労するよ」と釘を差すが、蓄えのあるまりこは「わたしだったら彼を支えられる」とますますのめりこむ、という流れ。

ひろこ登場で、がぜんドラマティックになった。

さらに盛り上がったのが「転」の「行動を起こす」場面。原作では、消防車のサイレンが聞こえて男が外に飛び出すのだが、これは「隙を作る」ための事件にしかなっていない。「まりこが正木に親切にしたいという動機づけになるよう、ここを強化できないか」と投げかけてみた。

ますます正木に惚れさせる出来事、あるいは、ますます正木の貧乏を実感させる出来事。

「一円玉や五円玉といった小銭をたくさん落とす」という意見が出て「しかも破れたポケットから落ちる」という合わせワザが生まれた。さらにベタな展開にするなら、正木が他の客に親切にしようとしたら(たとえば、ベビーカーを運ぶのを手伝うとか)小銭ジャラジャラという三枚合わせもできる。

ここで、「その前に、まりこが正木にハムやチーズをはさんだ古パンをサービス品で売ろうとするが、正木が、ぼくはまだいい、と断る場面をつけたい」という意見が差し込まれた。正木はもちろん「設計図の下書きの線を消すために古パンを買っているので、ハムやチーズ入りはいらない」のだけど、まりこは正木を「慎み深い人」だと勘違いし、ますます好もしく思う。だからこそ、目立たないバターをはさむ。

この前に「恋をしたまりこが、正木にパンをサービスする」というアイデアが別の人から出されていた。通常2個100円のところを「3個100円」にするというもの。ハムとチーズ入りは、おまけサービスを発展させた形となる。

このように「他の人の出したアイデアを拾ってふくらませる」ことが脚本会議を弾ませる大切な要素なのだけど、大人組が自然とそれをやってのけたことに感激した。

そして、いよいよ悲劇のラスト。

「正木の正体を告げる友人は、いらない」と登場人物を整理するとともに「正木も怒鳴り込まない」という意見が出た。その理由は「わたしの正木は向井理のイメージなので、怒鳴り込んだりはしない」というもの。頭の中にキャラクター像をきっちり描けているからこそのキッパリした主張。

では、どうやってまりこは失恋するのか?

ここで、なんと、再び「ひろこ」が活躍することに。

古パンにこっそりバターを塗って以来、正木が店に来なくなり、気になるまりこ。そこに、何も事情を知らないひろこが電話をかけてきて、「あんたが気になってたカレ、画家じゃなくて建築家だったらしいよ。でも、大事な設計図の下書き消すの失敗して、仕事落としたんだって。あんな男とくっついてたら、苦労してたよ」と言う。それを聞いて、まりこは、正木がなぜ古パンしか買わなかったと同時に、自分のお節介が正木を不幸にしたことを知り、後悔の涙を流すのだった。

という大人組ならではの痛い流れが出来上がった。

最後に「この脚本にタイトルをつけるとしたら?」と問うと、「ほろ苦いバター」という答え。たしかに、原作以上にバターの苦さが際立っている。甘い恋を実らせる小道具になるかと思いきや、苦い結末に。まるでビターシュガー。語呂良く「ほろ苦バター」はどうでしょうと提案した。

ラストまで行き着く前にチャイムが鳴り、20分ほど延長。でも生徒向けの脚本会議では授業時間の50分しか使えないので、「どうすれば50分を有効に使えるか」が明日への課題になった。

この後、休憩を挟んで、脚本の書き方教室。「てっぱん」第15週「幻のランナー」の脚本と放送されたドラマ映像を見比べ、脚本の書式を説明した。それから、質疑応答を経て、三原台中学校の国語科の先生方と明日の授業をどうするかの意見交換。最後にはリーダー研修で参加された他校の先生方からも意見をうかがった。

「名前と年を好きに決めていい、というのは、生徒には敷居が低くて答えやすい。正解があるのではなく、なんでもあり、というのは、日頃の授業にはあまりないので」
「細かくシーンを分けていくと時間がかかるので、シーンを絞って、ひとつのシーンに時間をかけてはどうか」
「一人一人当てていくと考え込んでしまうので、近くの人同士で自由に相談できるようにしてはどうか?」
といった現場の先生ならではの意見やアイデアが出された。

板書きをする時間がもったいないので、あらかじめ短冊にした模造紙に書いておこう、と加藤先生と用意し始めたのだけど、「結局は起承転結だけあればいいんだ」ということに気づいて、

中学生のドラマ脚本会議
恋をする
盛り上がる
行動を起こす
ふられる

この五本の短冊だけを用意した。

学級閉鎖対応で先生方との脚本会議を1日目に持ってきたのだけど、結果的には、2日目の生徒向け脚本会議の予行演習ができて、良かった。

大人組の作るほろ苦脚本に対して、中学生組はどう出る? 続きはまた明日。

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