「猫又」短歌の会で知り合って以来、高円寺の阿波踊りをご一緒したり、自宅での集まりに招かれたりと親しくおつきあいしている宮崎美保子さんと、先月、神楽坂の阿波踊りを見に行ったときのこと。以前から聞いていた「日本道」という勉強会が8月から新しい会期を始めるというので、ぜひ参加させてください、とお願いした。その会自体がどういう活動をしているのか、具体的にはわかっていなかったのだけど、以前は江戸しぐさについて学んだとか、集まってくる人たちが好奇心と行動力にあふれていい刺激になるといった断片的な情報から、面白そう、と飛びついたのだった。
今期の教科書は、川勝平太著『文化力―日本の底力』。3センチ近い分厚さで、2520円也。この手の論文のようなものを読むのは、大学時代以来だろうか。会へ向かう電車の中でページを開き、付け焼き刃の予習。文章は難しい単語が多い割には読みやすく、美しい。
テーブルを囲んだ20名弱にまぜていただく。前期からの継続組がほとんどで、新入りはわたしともう一人の女性。毎回担当者が手分けして本文を要約し、その発表を聞いた後、全員で議論するという形。これも大学時代のゼミみたいだ。
一人目の女性は元客室乗務員で、今は後輩の指導に当たったりマナー講座で活躍するベテラン講師。先だってはサミット通訳の指導もされたとかで、人をひきつける話術はさすが。本文に出てきた「パックス・ヤポニカ」(日本の平和)という単語に言及して、「航空業界では、パックス(=PAX)といえば、パッセンジャー、乗客のことで。C23のパックスがタラタラで……などとCA同士で連絡を取り合ったものです。タラタラとは、タラップ to タラップのことですが、専門用語を知らない人が聞いたら、お客さんどうしちゃったんだろって思いますねえ」。
二人目の男性は関西出身とわかるアクセント。表を使ってパックス・ヤポニカの第一次から第三次(1985年以降の現在が第三次なのだそう)をまとめてくれたが、「表1とありますが、表は1つしかないので、1はいらんかったかなと」と自分に突っ込みを入れ、笑いを誘った。
三人目の女性は講談師のような名調子。ところどころ本文に立ち返って読み上げてくれるたびに聞き惚れた。後で聞けば「講談が好きで、神田紅姉さんは友だちよ」。しゃべることがプロだった時期もあったそう。3人の発表者それぞれの語り口に味があり、本文以上に面白い。
さらに、全員の意見を聞く時間が、わたしにとっては自己紹介も兼ねていて、予想通り刺激的なメンバーが集まっていると確かめられた。仕事も経験もばらばらな各自が同じものを読んで違うことを感じ、それを分かち合う。初めて知ることも多く、「そういう見方があったか」と考えさせられもする。平和な時代はオスが弱くなるという本文の指摘に男性たちは「なんとかせねば」と憂慮し、「女性は元来強いのだから、控えめであるべし」という本文の論調に「女を見下している傾向があるのでは」と問題提起する女性あり。静岡出身の美保子さんが、「川勝さんが静岡知事になった日に、ちょうど静岡に帰っていて」と言うのを聞いて、こないだの選挙で、ぎりぎりに立候補して大勝した人であったか、とようやく気づいた。
わたしは、本文中にあった「富の蓄積より、徳の蓄積」という言葉が、数年前に「金持ちより人持ちになろう」と人生の指針を決めたことと重なり、この会に来たことが正しかったと言われた気がした、と語った。この本には他にも美しく耳障りのいい言葉や気づきがたくさんあり、日本人であることに誇りを持てるヒントがある気がする。その一方、コピーライター時代に「コピー演歌は心を動かさない」と指導されたように、きれいごとだけで根っこがないのではという危惧もある。何人か前の首相が掲げた「美しい国へ」という言葉倒れに終わったスローガンのように、裏打ちするものがなければ、机上の空論になる。この本を読んで、具体的にどうすることが必要かを皆さんと話し合って行けたら、深い読書になると思う、と語った。
その後で、会の主宰者で美保子さんの大学時代の同級生のNさんが、「最後まで読めば、具体的なことも書かれていますから」と言われ、本のさわりだけを読んで全体を断じるような言い方をしてしまったな、と反省したが、本の内容が上っ面だというのではなく、本に書かれた理想を実現するためには、読者が掘り下げる必要がある、ということを感じたのだった。
勉強会が終わると、近くの中華料理屋で懇親会。月に一度、こうやって集まり、情報交換をするのが会員たちの張り合いになっている様子。わたしのテーブルでは冨士登山の話題で盛り上がり、では近場の高尾山へまいりましょうか、などと話した。食後には会員の一人が練習中の南京玉すだれを披露。他の皆さんも、芸やらネタやらお持ちのようで、この会そのものが「文化力」と「底力」を秘めている。
主催者のNさんより「初参加、いかがでしたか」とメールをいただき、「日本道に参加した動機を聞かせてほしい」旨が書かれていたので、こんな返事をしたためた。
とくに「日本」「和」を意識するというよりは、幼い頃から「外国」が身近な存在であり、その対比で自然と「日本」を自覚していた気がします。隣人一家がドイツに転勤した間にインド人が隣人になり、インド人の幼なじみと遊びながらドイツにいる幼なじみと文通していたのは、幼稚園から小学校低学年にかけてでした。その経験から海外留学を志すようになり、高校時代に一年留学。大学時代は留学生寮が遊び場でした。外資系企業を就職先に選んだのも自然な流れでした。
そして、昨日の自己紹介でもお話ししましたが、広告代理店時代にカンヌ国際広告祭という「広告のオリンピック」のようなものに参加したときに、世界各国からの参加者と出会う中で、「日本人って」ということを考えさせられる機会がありました。とくに、2回目に参加したときに起きた「JAPANESE論争」はたいへん興味深い事件でした。長くなりますが、その出来事をまとめた懸賞論文をこちらに発表しています。
http://www.geocities.jp/imaicafe/words/essay_koubo.html
この論文は賞を取ったこともあって広告業界ではちょっとした話題になり、また、さらなる議論も呼びました。卑屈にならず、素直に、まっすぐ日本を誇れる人がふえてほしい。少なくとも自分はそうでありたいと願っています。日本人のいいところをたくさん気づかせてくれる川勝先生の本の中には、そのヒントがありそうです。昨日はさわりを読んだだけで、全体を論じるような言い方を
してしまいましたが、「美が日本の平和の鍵」という美しい話が机上の空論に終わらなければいい、そのための具体的な示唆があるのか、なければそれを話していければ、この本がより意味深いものになるのではと感じました。
昨今、「日本人の美徳の衰え」が嘆かれていますが、環境や国柄を美しいものにするのは、日本人一人一人の美徳、美意識だと考えます。そういった生き方の美しさが見直されると、この国はもっと豊かになる気がしています。富より徳、という言葉に深く共感します。美徳、美意識の観点から「江戸しぐさ」にも興味があり、以前宮崎さんが日本道でその勉強をされたと話された記憶があるのですが、それもまたこの会に興味を寄せた理由のひとつです。
返事に登場したのをいい機会に、JAPANESE論争の論文を読み返したのだけど、11年前の自分が、ずいぶんしっかりした意見を持っていたことに驚き、今のほうがふわふわしているようにも感じられ、20代の自分に喝を入れられたような気持ちになった。それだけ深く考えさせられる出来事だったのだろうと思う。広告作りについての考察は、脚本作りにもあてはまることが多く、「どうだ!」という気迫で仕事しなくちゃいかん、と背筋が伸びた。
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