娘のたまと「テュリャテュリャテュリャテュリャテュリャテュリャリャ」とロシア民謡の『一週間の歌』を歌っていたら、「つまらない女」とダンナが言い放った。機嫌良く歌っている妻と娘のことではなく、歌の主人公のこと。ヒマすぎるにもほどがある。そんなヒマを自慢なんかして、つくづくつまらない女だと言う。
「違うよ。これは恋人にかまってほしい嘆きの歌だよ」と咄嗟に口から出た反論に自分で驚いた。子どもの頃はそんなこと考えなかったはずだけど、数十年ぶりに再会したら、歌の解釈が変わっていた。たしかに歌詞は能天気だけど、あの物悲しいメロディに乗せると、自虐を込めた恨み節のほうがしっくり来る。
テュリャテュリャを除いた『一週間の歌』の歌詞をつなげると、こうなる。
日曜日に市場へ出かけ 糸と麻を買って来た
月曜日にお風呂をたいて 火曜日はお風呂に入り
水曜日に友達が来て 木曜日は送っていった
金曜日は糸巻きもせず 土曜日はおしゃべりばかり
恋人よ これが私の 一週間の仕事です
彼女は彼のために何か手づくりするつもりで糸と麻を買ったのだけど、彼のことが気になって何も手につかない。ぼんやりしているうちに焚いたお風呂のことを忘れて日付が変わり、湯船の中でも想うのはあなたのことばかり。水曜に来て木曜に送っていった女友達は、そんな彼女の恋の相談につきあって泊まっていったのだ。金曜になっても糸巻きする気分にはなれず、土曜日はまた女友達に話を聞いてもらっている。あなたのせいで悶々として、そんな一週間なのよ……。子ども向けの歌詞では恋人は「ともだち」になっているけれど、呼びかける相手は「恋人」でなくっちゃ。
糸巻きからの発想で歌の主人公を女だと決めつけているけれど、男説も否定できない。糸と麻を買わされる男は、妻にこき使われている。子どもが多いので、月曜日に風呂をたいても全員入れ終えて自分が入るのは日付が変わってから。妻は怠け者で、友だちが泊まりに来ては家事をさぼり、金曜は糸巻きもせず、土曜はおしゃべりばかり。そんな妻とたくさんの子どもたちの相手をするのが、俺の一週間さと嘆いている。一週間ぶりに会った恋人に膝枕で耳掃除でもされながら愚痴を聞いてもらっているのかもしれない。
世間ではどんな解釈があるのかと気になって「一週間の歌」をネットで引いてみると、この歌について思うところある人の多いことがわかった。「『一週間の歌』のよう」に生きたいと憧れる人、生きる気力をなくした友人の生活を「『一週間の歌』のよう」と心配する人。ある人にとっては、スローライフ、ある人にとっては自堕落な生活の代名詞になっている。「『一週間の歌』の作者はマフィアの男で、市場で買った麻とは大麻のこと。金曜は黙秘したが、土曜に自白してしまった」という大胆な説もあった。この場合、歌いかける相手は共犯者になるから「ともだち」のほうがいいのかもしれないけど、恋人で共犯者というのも色っぽい。
視点を変える、発見する、こじつける、膨らませる。ひとつの歌を様々に解釈する頭の体操は、発想力を鍛えるトレーニングになる。脚本作りの打ち合わせの現場では投げられたボールを瞬時に打ち返す反射神経が試される。先日の『万葉ラブストーリー』イベントのトークで出された万葉集の歌を咄嗟に「女の子から男の子へのプロポーズの歌」と解釈したのも、日頃の筋トレが役立ったのだと思う。
「こじつけ力」は脚本家の身を助けるだけでなく、マスコミなどの入社試験の創造力テストでも役に立つ。わたしが受験した広告会社の入社試験の最終問題は、「『馬の耳に念仏』を自分なりに解釈して1000字で述べよ」というもの。競走馬の耳元で騎手が「負けたら馬刺にするぞ」と唱え続け、馬鹿力を出せて馬を勝たせたというホラ話が受けて、コピーライターとして採用された。
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