子どもの頃、一人で留守番をしていて、コトリと家のどこかで物音がしただけで、そこに潜む最悪なものやそいつがもたらす最悪な展開をいくらでも思い描くことができた。その想像があまりに具体的だったせいで、確かめに行くことも逃げ出すこともできず、日が落ちても電気をつけるために立ち上がることさえできず、暗くなった部屋で膝を抱えて震えていた。今でも怖い本を読むときはつい後ろを振り返ってしまうし、ラジオで怖い話を聴いている最中に電話が鳴っただけで飛び上がってしまう。脚本を手がけたラジオドラマ『アクアリウムの夜』はホラーだったが、自分で書いて自分でびびっていた。打っていたワープロの画面が突然真っ暗になり、部屋も真っ暗になり、辺りの街ごと闇に包まれたときは停電だったのだけれど肝をつぶした。怖がりな性格が、見えない部分、隠れた部分を誇張して恐怖を増幅させてしまうのだけれど、怖さをかきたてる想像力の起爆剤になるのは「余白」なのだと思う。ビル三階分の化け物には度肝を抜かれるものの、驚きも怖さもビル三階分で納まる。けれど、闇に目が光っているだけで全貌が見えない場合、化け物の大きさは底なしの闇のように計り知れなくなる。
公開中の映画『怪談』を観たのだが、原作である三遊亭円朝の古典『真景累ヶ淵』の行間を映像という情報が埋めてしまったような印象を持った。高座の語りを聴いて、余白の部分を各自の想像力で膨らませたほうが怖いのではないか、と。いちばん怖かったのは、橋の板をきしませて「何者か」(死んだ女の幽霊)が近づいてくるのを、追われる男と新しい恋仲の女が橋の下で息を殺して見上げている場面。このときは、凍り付いている男女と同じ恐怖を味わい、別れた男をどこまでも追いかける女の怨念に背筋を震わせた。けれど、全体的には想像する隙もなく怖いものを突きつけ、ここぞとばかりに音楽が恐怖を盛り上げているようなお膳立てが感じられた。蛇を見せられると、ギョッとはするけれど、それ以上は怖くならない。
映画『怪談』といえば、三年前、三百人劇場で観た小林正樹監督の『怪談』(>>>2004年8月9日の日記)は、何かが潜んでいる気配、何かが起こりそうな予感が終始漂っていて、息を詰めてスクリーンを見守った記憶がある。震え上がるような怖さとは違ったけれど、伸びた背筋に汗をかくような緊迫感があった。1965年のカンヌ審査員特別賞受賞作品。日本の怪談ならではのただならぬ妖気に、世界は息を呑み、ひたひたと足元から冷気が忍び寄るような不気味さを味わったのではなかろうか。あの圧倒的に美しい映像には、怖さをかき立てる余白も焼き付けられていたように思う。
話は今年版の『怪談』に戻るが、月刊シナリオに掲載されている脚本とあわせて、脚本家の奥寺佐渡子さんのインタビューを興味深く読んだ。連載インタビュー「脚本家 加藤正人の気になる映画人たち」で加藤さんと対談しているもので、『怪談』は五年前に書いた脚本を映画化にあたって手直ししたそう。ちょうど妊娠中で、人が死ぬシーンを書いていると胎動が激しくなった、という話は面白かった。わたしは手足が吹っ飛ぶような原作もののプロットを書いていたら気分が悪くなり、「書けません」とプロデューサーに告げた後で妊娠がわかった。今思えば、つわりだったのかもしれない。奥寺さんは『お引越し』で93年デビュー。最近の作品ではアニメ版『時をかける少女』や『しゃべれどもしゃべれども』などご活躍目覚しいが、書いたままお蔵入りしている脚本が多数あるといい、「このまえ数えてみたら17、8本ありました」とのこと。デビューが5年遅いわたしも数えてみると7、8本ある。企画が幽霊になってしまうのは、脚本家にとっては怖い話。
2005年08月31日(水) 佳夏の誕生日
2004年08月31日(火) 東京ディズニーランド『ブレイジング・リズム』