2005年12月06日(火)  戸田恵子さんの『歌わせたい男たち』

戸田恵子さんの名前と顔が一致して「すごい女優さんだ!」とびっくりしたのは、99年にパルコ劇場で観た三谷幸喜作・演出『温水夫妻(ぬくみずふさい)』。ひなびた田舎の駅に吹雪で閉じ込められた温水夫妻(角野卓造・戸田恵子)が、夫人の昔の恋人・太宰治(唐沢寿明)と居合わせる。さらに、太宰治と紛らわしい名前の打雷修(梶原善)という名の宿の主人兼駅員も加わった四人が繰り広げるハートフルドタバタコメディで、戸田さんの存在感は際立っていた。その後、舞台『オケピ!』で「あの人だ!」と再発見し、テレビでたびたび見かけるようになり、『ちゅらさん』や『新撰組』でも見つけるとうれしくなってしまう女優さんだった。

ひょんなことから先日、戸田さんとお近づきになる機会があり、私的戸田恵子歴を披露すると、「いまちょうど舞台やってるんですよ」と教えられたのが、『歌わせたい男たち』。作・演出は永井愛さんと聞いて、「わあ観たい!」となる。ベニサンピットでの東京公演は終わり、地方公演がはじまっていたが、今日、亀戸のカメリアホールでつかまえることができた。

戸田さんが演じるのは売れないシャンソン歌手から転向した都立高校の音楽講師。はじめて迎える卒業式で国歌斉唱の伴奏をすることに。だがピアノは苦手。プレッシャーのせいか眩暈がし、コンタクトを落とし、伴奏の危機。楽譜を読むためにはメガネが必要だが、度が合う唯一のメガネの持ち主は、国歌斉唱を拒否する不起立派の社会科教師。来賓や教育委員会の目が怖い校長は「今年こそ不起立を出してはならない」と説得に右往左往。君が代・日の丸に賛成でも反対でもなかった音楽講師は、校長や社会科教師、さらには妙な正義感をふりかざして反対派の押さえ込みに張り切る若い英語教師の主張に翻弄されながら、はじめて「で、わたしはどうしたいんだろう?」に向き合う。

母が小学校の音楽の先生で、父・イマセンが公立高校の教師だったわたしにとっては、とても身近な話であると同時に「家の中に材料が転がっていたのに、レシピをひらめく力と調理する腕がなかった!」ことを思い知らされた。卒業式の国歌斉唱という固くて扱い要注意なテーマをこれだけのエンターテイメントに仕立てたことは快挙。とにかく客席はよく笑った。校長が悲壮感を漂わせるほどにおかしみが増すし、土壇場で思いつくその場しのぎの解決策も笑いを呼ぶ。寝癖で髪が逆立ちしている社会科教師に「髪型も不起立にしたらよろしいんじゃありませんか」と音楽講師が突っ込む台詞には、笑いとともに拍手まで湧き起こった。

気を緩めて笑っていると、突然「えっ」という新事実とともに物語は急カーブを曲がり、油断もすきもない。しっかり笑わせて、最後は戸田さんの歌うシャンソンとともにしみじみとあたたかい気持ちにさせてくれて、お見事。

ちなみに、父イマセンに「起立派か不起立派か」と聞いたところ、国歌・国旗そのものは否定しないが、それを「強制する」ことには抵抗を感じるとのこと。去年の卒業式は国歌斉唱までは列の後ろをうろうろしていて職員席に着いていなかったという。もともと立っていれば「起立」したことにはならないけれど、「不起立」とそしられることもない。自分の立場と学校の立場のバランスを取る、父なりの立ち方だったのだろう。

2003年12月06日(土)  万歩計日和

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