いつだったか1週間か2週間かその位前のTV番組がずーっと 気になっています。 そこでは脳の一部に障害が起きた女性のことを取り上げていて、 その人は悩めないことが悩みということでした。 親がとても心配して病院にも行っていて、そこで医師の方が 仰っていたのは、神経の中で、未来を予測するという部分が 損傷しているため、悩むことができないとのことでした。 悩むことがないということは本人も自覚していて、「いつも 楽しいです。辛いことはないです」とほんとうにニコニコしながら 言っていました。そしてその神経を治療すると辛いことを感じるし、 楽しくなくなってしまうかもしれないと医師は言うのでした。 今、楽しいと感じているのはほんとうに楽しいということではなく、 ほんとうに楽しいというのは、悩んだ上でそれを乗り越えた時に 初めて感じるものだと思うよ、という様なことを言うのでした。 それをわかっている様な、わかっていない様な顔でニコニコしながら 聞いているのを見ていると、別に彼女は今のままでいいんじゃないかと 思う訳です。ほんとうに楽しいことって何だろ?って思う訳です。 別に悩まなくていいなら悩まなくてもいいと思ったりもしちゃう訳です。 その医師はそれではほんとうの成長がないというけれど、ほんとうの 成長って何だ?って思うわけです。しかも彼女は普通の健常者とは違う 訳で、もしこれから普通の神経回路になって普通に生活したとしても、 何らかの差別とかそういうのを受けるのは目に見えてる訳で、だとしたら、 今のまま、イラストを書いて生きていきたいっていうことを思い描いて 生きていく方が世程楽しいかと思います。無理に普通の人と同じにしなくても むしろしない方がその能力を活かせるかもしれないし、人生を楽しく生きて いけるんじゃないかと思いました。その母親も、医師の話を聞いていて、 とても微妙な顔をしていました。今この子が楽しく生活していることを奪い、 普通の神経回路に戻して悩み多き人生にすることに対してどう考えるべきか 迷っている風でした。結果、最後にこの親子がどんな選択を選んだのかは ちょっとわからなかったのだけど(最後まで真剣に観てた訳でもないので) あれからずーっとこのことがひっかかかっています。 どういう風に生きるのが一番正しいかなんて誰にもわからないんじゃないかと。 ただ、その医師が、その選択を本人と家族に委ねているところは少しほっと しました。正しいと言われていることを正しいと押し付けることが実は時に ものすごい暴力になっているということに気づいてない人は意外に多いもの。 他人に対してそのままをぶつける人は想像力が足りないと思う。そしてその 見えない暴力に一切気づいていないところがとても恐いと思っています。
話はズレましたが、人間らしく生きることって一体何だろーってことです。
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