柴山俊之 (Zi:LiE-YA)さんのインタビューより抜粋。 長いので所々を抜粋。父親と同じくらいの人が言うことはやはり説得力が あるなっていう。博多でSONHOUSEをやって、その後5年程休んだり、作詞家を したり、今のバンドを始めるまでの思いなどなど。1〜3に分けてみました。
***** 商業的にどうこうっていうことじゃなくて、やっぱり行き詰まっちゃったんだよ。 メンバーがとかじゃなくて、純粋に音楽的にね。 最初SONHOUSEでオリジナルやりはじめた頃って、ポリシーとまでは言わないけれど、 ひとつの核というのがあったんですよ。それが、続けていくうちに周りから 入ってくる音楽とかに影響されちゃって、サウンドがそっちに寄っていっちゃった りして、変なところに嵌っちゃって戻れなくなっちゃったんだよね。 そういうのってバンドが陥りやすいところで、ネタがなくなっちゃうと、 そうやって探しに行ってしまう。自分たちの核になるものだけをやっていけば いいものを、つい動いてしまって。 自分たちが過去に聞いてきて、影響を受けたものというのならいいんだけど、 流行りのものを取り入れてしまうというのは、一見(自分たちが)新しく感じるだけで、 自分の服じゃないから着ているうちに気持ち悪くなっていくんだよね。 SONHOUSEはそういうジレンマに陥っちゃって、辞めることになったんだよね。 だから、金銭的なことではなかった。まあ、家にいたからあまりそこの部分で 悩まなくても済んじゃったっていうのはあると思うけど。好きな音楽がやれて、 自由にいられればいいやって感じだったから。
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