un capodoglio d'avorio
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2003年10月12日(日) G2毎日王冠

超G1級レースと言われるグレード2レース、毎日王冠。
天皇賞(秋)へのトライアル的要素が強い重賞である。
府中の伝説とまで言われるのは平成10年度の毎日王冠、
「超速の逃げ」サイレンススズカへ、二頭の無敗馬が挑戦した。
グラスワンダーとエルコンドルパサーである。
驚異の三強のぶつかり合いとなったこのレースは、
職場の先輩で予想の鬼、なぐもんも一番思い出深いレースと話してくれた。
そして、今年、毎日王冠に現在唯一無二のカリスマ、
「最強牝馬」ファインモーションが出走した。



↑ファイン嬢をひとめ観たいファンでむせかえるパドック
 異様な雰囲気で待ち続ける群衆


ファインモーションは復帰後第一戦である8月のクイーンSで、
無欲の逃げをうったオースミハルカをすんでの所で取り逃がし、
まさかの2着に終わる。
けれども、圧倒的な追い込みの脚は健在で「負けて強し」の印象。
このレースで手綱をとった武豊の「かなり行けますよ」という進言により、
伊藤調教師は当初のマイル路線を変更し、
天皇賞(秋)→ジャパンカップというスケジュールを立てる。
ファンにとってはこんなに嬉しい変更は無い、やった!

しかし、ひとつ問題がある。
天皇賞(秋)は外国産馬は二頭までしか出走できない。
シンボリクリスエス、アグネスデジタルといった大御所が出馬を宣言しており、
ファインモーションは人気・実力では文句なしと思われるも、
獲得賞金額によって、このままだと出馬は無理。
そこで、伊藤師はこの毎日王冠に照準を合わせなおしてきたのだ。
彼女の使命はひとつ、それは「勝利」ですらなく、ただ「圧勝」のみ。
牡馬とのマッチアップだろうが、57kgという斤量ハンデであろうが、
何と言っても「史上最強牝馬」を襲名すべき彼女である。
負けるわけにはいかないし、負けるはずがない。
当然、人気も集中する。
超圧倒的大本命、穴馬はいても、対抗馬は、存在しない。
何と、単勝オッズは1.3倍、ほとんど元返しである。
それでも、どかは単勝一本で勝負する。
それが、ファンの務めというモノなんじゃないかって、
そう思うの、どかは。
どかの競馬は、そう言う競馬。
穴を狙うのでも、勝ちを狙うのでもなく、そう言う競馬。



↑ファイン登場!鞍上、武豊!ファンの声にならない絶叫と声援が、
 さんざめくパドックをさらに独特な雰囲気に。


パドックではすごい落ち着いた様子を見せるファイン嬢。
ほれぼれする身体、美しい脚さばき、何よりあのオーラ。
しっぽに着けた赤いリボンもカワイすぎる、ラヴーッ。
入れ込んではいないように見え、とりあえずはホッとするどか。
「がんばれー」って心の中で叫ぶ「豊クン、任せたよっ」。
出走馬がターフへ向かいそれに合わせて、
パドックから急いでコースに戻るファン達と、どか。
固唾をのんで競馬新聞を握りしめそのときを待つ、ファン達と、とか。

ファインモーションとは一体、何なのだろう。
どうしてどかはこれほどに彼女に惹かれるのだろう。

ファインモーションとは輝きである。
そしてその輝きは丹念に時間をかけて磨き尽くされたものではなく、
全くイノセントなものだ、純粋無垢、なんの手業も加わらず、
しかしそのままでなお、他の誰もが及ばないほどの輝度を示す。
それは時に寒気を誘い、恐怖すら誘発し、思考を止めてしまうほどだ。
アラスカの山奥でオーロラのブレークアップに際してヒトは、
美しいと思うよりも先に畏怖の念を抱き、
感嘆のため息をつくよりも先に万感の涙を流すように。
それは漆黒の宇宙のなか、厳然と屹立する光の柱があり、
それが緑のターフにおいて、ジョッキーの鞭が飛んだ瞬間に、
光の柱は融解して、壮大なスケールで回転し、全宇宙を覆い尽くす。
オーロラのブレークアップ(崩壊現象)の美しさ以外に、
彼女の4コーナーから直線に向いた瞬間と対等に語れる比喩を、
どかは知らない。



↑発走直前、胸騒ぎのゴール付近、この曖昧なプレッシャーの空気は、
 至福へと向かう予兆である・・・、とどかは思いたかった 


どかはファインモーションの直線に飛び出してくる瞬間が大好き。
彼女の輝度が、速度へ変換される、その瞬間。
人類全体の想像力すらちっぽけに思わせるほどのスピードには、
予想師の箴言も、競馬新聞の売れ行きも、
ささやかな資本投下である馬券も、ファンの歓声も、
まったく追いつけない。
金額も、勝利も、感情も、憧憬も、悲劇も、何もかも。
全てを置き去りにして、そのイノセントは加速する。
何色にも染まらず、何者にもおもねらず。
だから彼女は、追いつかれるわけにはいかない。
敗北にまみれるわけにはいかない。
涙にまみれてしまうには、彼女の輝きは、あまりに美しすぎる。

そして・・・ついに発走!

スタート後10秒、オーロラビジョンを注視していた6万の観衆がどよめく。
ファインがいきなりハナをきって先頭にたった。
逃げ馬ゴーステディを差し置いて、グングン加速するファイン。
「ああ、ヤバい、ヤバい・・・」あれは・・・、入れ込んでるよ。
完全に首が立ってしまって、沈み込むようないつものフォームじゃない。
名手武豊をして、なだめて折り合いをつかせることを断念するほどの、
そんな過度の緊張とストレスの発露のファイン、眩暈がするどか。
他の馬ではない、何かに追い立てられるように、
本当に何かから「おののき逃げる」かのように、
彼女は加速し続ける、そして・・・直線に入ってくる。
スタンドから目をこらし、遠くに蠢動する馬群を視界に納め、
再び、オーロラビジョンを観る。

「ああ、あかん、やっぱり・・・」
オーラが、ない!

ファインモーションをファインモーションたらしめていた、
あのオーラが全くない・・・、ブレークアップが始まらない!
依然、先頭だけれど、馬群に飲み込まれるのは時間の問題。
一番、頑張らなくちゃいけないのに、一番、絶望しなくちゃならなかった男の、
ジョッキー武豊は、それでも悲しい肩鞭を入れる、
坂の途中、ヨレヨレになっていた彼女を少し立て直すが、
「立て直す」必要性自体が、最大級の非常事態の証左である。
そして、馬群に飲み込まれ、チョコレート色の美しい毛並みが見えなくなる。

・・・

・・・

府中にこの日集まった6万の観衆は、
ゴール後、誰も動けずに立ちつくしていた。
深い、深い、喪失感、身体を引っ張る重力が急に煩わしい。
そのまま、落ちていきたいのに、自分を支える地面が煩わしい。

ファインモーション、7着。

彼女が負けたことではなく、馬券をスったことでもなく、
そこに、オーラが無かったことが、悲しい。

悲しいよ、どかは。


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