un capodoglio d'avorio
2003年09月16日(火) |
維新派「nocturne - 月下の歩行者 -」1 |
じつはこれが、ちゃんとした一番のご褒美だった。 どかが人生の決断をして、試験をもいちどちゃんと受けることにして、 そこでベストを尽くせたのなら、何かひとつ、自分にご褒美をあげましょう。 勉強しながらそう思って、チケットをさがしたときに、 これしかないと思った、もう他の選択肢はない、<維新派東京公演>。
ヒトは維新派の舞台に接するとなぜだか敬虔な気持ちになる。 そしてその経験を踏まえて書く文章は、混沌以外の何ものでもない、 それはかつてのエヴァンゲリスト(福音記述者)が、 あの錯綜を通してでしか聖なる経験を記せなかったように、である。 そこで振り返ると、どかの維新派初体験のレビューはあまりに稚拙に過ぎて、 抹消しようかと思ったくらいだ、なので、 ここからサイト内リンクすら張りたくない(「さかしま」レビューのこと)。
「まだ15秒だけど、今まで観た演劇の中で最高だ。 終わりまで観なくても分かる。すべて最高」 そして、すべて最高だった。 興奮した。 酩酊した。 眩暈した。 力が降りた。 「縦の力」が。 公演が終わってからも南港周辺をズンズン歩き回った。
私が求めていたものは、コレだった。
(宮台真司「維新派を貫く『縦の力』と眩暈」〜本公演パンフより)
私は大昔の人が命をかけて 何か大きなものを作った時のしくみを まのあたりにしているのだ、と実感する。 ああ、あれらはこのようにしてやはり人間が作ったのだ、 ペルーのあれもメキシコのあれも、 宇宙人が手伝ったりなんかしてなくて、 昔にもやはり誰かこういうむこうみずで ばかなおっさんがきっかけとしていて、やったのだ、と。
そしていつも、自分が恥ずかしくなる。 自分の小ささ、ばかさが情けなくなり、 もっと小さく小さくなってしまいたくなる。
あまりのすごさに、ほめるのもばかばかしいくらいだ。
(吉本ばなな「松本雄吉さんよ!」〜「ばななブレイク」より)
どかはばなな贔屓ではあるけれど、稀代のソフィスト・宮台真司のことは、 あんまし好きくない、好きくないけれど維新派に反応する彼のセンスは 神掛けて正しいと思う、ちょっと擁護したくなる。 「最高」「縦の力」「大きなもの」「自分の小ささ」・・・。 まさにその通りだ、言葉の魔術師である彼と彼女をもってしても、 そんな言葉でしか形容できない絶対的な何か、それが維新派なのだ。
よく知られているとおり、維新派は劇場で公演することはほとんどしない。 奈良の田舎の山奥のグラウンドや、瀬戸に浮かぶ離島の廃鉱跡に、 自分たちで劇場を組み立ててしまい、そこで公演を打つ。 というまさしく「正統的」演劇の理想を追求してきた。 日本では片田舎で公演を打ち続けているのに、 最近ではアデレードやヨーロッパから招致されることも多く、 海外で認められる日本の演劇人とは、野田秀樹よりも蜷川幸雄でもなく、 維新派主宰・松本雄吉その人なのだ。 これほどの才能を東京や大阪の劇場で観る機会が極めて得難いこと、 いや、これほどの才能だから賢明にも、 東京や大阪の劇場を避けることにしているのだろう。 悔しいけれど、全く正しい判断であると思う。 東京や大阪の感性の弛緩ぶりは甚だしいのだもの (東京や大阪で作られる最近のテレビの深夜番組を観てれば、明らかである)。 情報の波に飲まれてどっちが天でどっちが地だか、わかんなくなってる、 そのわかんなさ具合に酔ってるサブカル野郎の氾濫、虫酸が走る。
それでも、今回、松本雄吉と維新派は、新国立劇場中劇場を選んだ。 あの壮大な舞台美術、町並みをそのまま再現するかのような、 映画並みのクオリティのセットをそのまま劇場のなかに持ち込むことに挑んだ。 自分たちのアイデンテティである自然との交感を犠牲にしてまで、 初台のオペラシティという東京文化集中の粋の如く鎮座するこの劇場で、 何を表現するというのだろう、これまでと何か変わるのだろうか。 そんなことを思いながらどかは、開演を待った。
つかと、青年団は、その表現様式のあまりの違いから、 もはや同じ演劇というジャンルにくくるのは抵抗があるくらい。 そして維新派もそう、とても同じジャンルにくくることはできない。 開演直後、どかは、そう再確認する。
(続く)
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