un capodoglio d'avorio
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2002年08月19日(月) 西原理恵子「ぼくんち」

読まなくちゃ読まなくちゃ。
とずぅっと思っていてなかなか読み切れなかった。
彼女の他の作品は持っていたし、
最近の「サイバラ茸」も1と2両方持ってた。
ようやっと、西原理恵子の代表作、堪能することができた。

話は脱線するが、サイバラでどかが思い出すのは、
部活の先輩、クリゾウさんのことで、
彼は本当にサイバラを愛して止まなかった。
クリゾウさんはなかなか起伏に富んだ人生を送っていて、
今は岡山県の山奥で家具をこしらえながら生きてる。
でもそこにたどり着くまで何度も境遇を変え、
引っ越しを繰り返したけれど、
他の本は処分してもこれだけは手放せないと、
残していたのが「ぼくんち」だった。

クリゾウさんはどかと最も長く連れ添ったダンスパートナーで、
「八幡」を何回も何回も一緒に稽古して本番を踏んだ。
ドカが大学四年の夏休みは、どこにも旅行など行かず、
週に三回一日三時間、
ひたすら一緒に「八幡」を踊り続けた。
どかのキャリアの中で一番数多く、
足拍子を踏んだ季節だったと思う、あの夏は。
ジムに来る部員はほかに一人かせいぜい二人で、
でもマンネリなんて全然関係なくてたっくさん汗かいて。
それでその後、お好み焼きやナスバターをつつきつつ、
ゑびすビールでキュッと乾杯。
週に一回くらいのペースでその店に通ったけど、
やっぱりマンネリなんて関係なくて。

クリゾウさんは理屈っぽかった、とにかく。
またとにかく皮肉屋さんで、斜に構えてるところがあって、
ヒトが良い気分になってると必ず脇にスッとよってきて、
ボソッと痛いところに押しピンを刺してきたりする(慣れるけど)。
頭は良くて東大くんなんてやったりもしてた。
踊りは・・・すごい華があったわけでは無かった。
拍子や間の取り方も独特で、肩も少し堅かった。
でも、すっごい真面目で練習も毎回ひたむきに来てて、
堅実に、重心や腰を大事に踊るところが、
どかには凄いかっこよく見えた、特に「三番叟」。
部活でももっと華やかに派手に踊れる舞手は何人かいるけれど、
あんなに説得力に満ちた神楽はあんまし見ない、感じ。

大学四年の秋、どかは師匠にある演目を教えてください。
と、サカイ駅前の「天狗」で頭を下げた、
でもその演目はどかの頭なんか、
最近のマクドの値段ぐらいに下げても下げたりないくらい畏れ多い、
ほんとに「100年早い」と言われても仕方ない演目だった。
でも卒業を目前に控えて、さらに今よりも3倍程自信家だったどかは、
強くお願いしたが「早すぎる」とかなりキツイ口調で一蹴された
(あのころは師匠もまだまだ怖かった、いま優しいけど)。
かなり険悪なムードが漂い駆けたその時、
同席していた、クリゾウさんがボソッと口を開いた。

「まあ、どかも可哀想なところがあるんですよ、
 先輩はかなり上のヒトばかりだし、
 近い学年で同じように踊れるのもいない。
 それで少し、自分の位置というのが見えづらいというのもあるんですよね」

冷静かつ、沈着かつ、正確な意見。
でもそのときのどかにとっては、優しくて優しくて、
胸にしみる助け船だった。
思いもしなかったクリゾウさんそのものの科白を聞いて、
ドカはもうビックリしてしまって、
人前で涙があふれて止められなかった、「天狗」で泣くとは・・・
「ぼくんち」の3巻を読みながら泣いてて、
その涙の味があの4年前の涙のそれに似ていた。
「クリゾウさんはサイバラのエッセンスをきちんと呼吸している:冷静と情け」
これがクリゾウさんへのどかが贈れる最高のほめ言葉だと思う。


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