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2003年05月15日(木)
駄目な自分を愛せはしない 強く生まれ変われ

それでも、自分が落とされることってのはショックに決まってる。
鳴らない電話に期待はしないようにしようと思ったんだけれど、絶対に気になるもので、いっそのこと触らないようにしよかと携帯の電源オフにすることも出来ないでいた。
もういっそのこと、いっそのことばっさりと。
てめえはいらねえって言ってくれ。
何度でも思う。何度でも慣れたりしない。
胸は痛むものです。あーあ。。。一次・二次面接のときの人事(営業だったかな)の人が大好きだったのに!!なんでかなー。
憧れてなりたい所には行けないものなのかなあ。
身の程知らずなのかなあ。あ、泣きたくなってきた。泣かないぞ。かなしくないぞ。ぐっ。

タイトルは、CHARCOAL FILTER。アルバム聞いてます。

いきなり日曜日の夜中に思い至った言葉。
謝罪の言葉を私はよく吐くけれど、許されることを知っていて言ってるなら最低かも。自分を省みて。
実際許してもらえないことに関しては、私は謝らないことが多い。相手も謝らせないことが多い。謝らせてくれること自体がもう許してくれる要素がある。
勝手に落ち込んで許してもらえないかもーって泣きたくなって怒ってるかもーもう終わりかもーって半泣きになってました。
んで、昨日勇気を出して(大袈裟な)謝ったの。罪悪感でいっぱいいっぱい。
マイナス思考に嵌まると、どうにもこうにも先走って最悪の展開まで考えてしまうんです。
「好き」も「ごめん」も、軽々しく口に出してはいけない言葉なんだと思いました。
出したら出しただけ、それは陳腐になってしまうから。
大事に大事にしていくべき言葉だ。言葉のはずなんだ。
わたしは普通に消費させすぎです。

あと、自分が好きだと思っていた人の文章が、読み続けているうちにあれ?あんまり好きくない?ってことにいまさらながら気が付いてしまって途方に暮れています。
この人っていうかこの人の文章に、飽きた。
上手なんですよ。面白いんですよ。好きです。だけれど、後ろにある、何を読んでこういう風に作風(文章の雰囲気って作風って言いますか?)が変わったかについて透けて見えるくらいに予想が付いてしまう。
しかも。
今まで、何の影響を受けていても、全てその人っぽさが必ず出ている文章だったはずなのに今回ばかりは何も見えんのです。その人っぽさがさっぱり感じられない。
あー駄目だって思いました。即・お気に入り削除してしまった。
私は、この人にしか書けない文章を読んでいたのに、この人のところ以外でも読める文章なら読む価値が無い。
そんな文章ならいまどきどこにでも捨てるほどあるんだよそうじゃないものが書けるんでしょアナタなんだから!!みたいに勝手に期待をしてました。
全て私の勝手なことだからしょうがないっちゃあしょうがないことです。
消費していくだけしか出来ないんだから、好みに合わないんだったら好みに合うところ探せばいいんです。そこまでして読みたいのならば。
ただ、いままで好きだった分、離れなきゃいけないのかって思うと悲しい。
読んでて気持ち悪くなるんだからしょうがない。けど悲しい。みたいな。

センセイと話したことにもつながってきてしまうけれど、本ではなくてテキストって、なにはともあれ文章勝負だから(本は、サイズ厚さ表紙のデザイン手触りなどその他諸々のオプションからつい買ってしまう人もいるって話をしていた)って話。
話題に乗せてたのがテキストっていうか文献関係とかの話だから関係あるような無いような感じですが。
残念だな。
まだまだ消費する人は沢山いるから私1人くらいどうってこと無いのです。

あーすっきりした!!(黙れって言ってるそばからこれだ。)
今月入ってから、ずっともやもやしていたことだったので、まとめられてすっきりした。
長々と失礼しました。