待ち合わせは吉祥寺の公園口を出たところで。
午後一時を回った。土曜日ということもあって、ホームから降りてきた人達が改札を出るのに列をなして、一気に解放されたように切符を通すと思い思いの場所に散っていく。まるで夏の日の蟻を見ているかのように、巣から冬に向け餌を探しに行くそれに似ていた。働き蟻だとは・・・思えないけど。
5分過ぎて現れたのが、一人の女だった。 この場合女と言うべきか、元彼女と言うべきかは定かではないけど言うならば、別れてから3ヶ月も経っているのにグダグダ関係が続いて彼氏もいなくて暇している女、そう呼べば落ち着くのかも知れない。 すごく細い線で繋がれていて簡単に切れてしまいそうなくらい細いのに、何故かいつまでも切れずにお互いこうしてたまに会って食事したり、躰の接触を交わしたりしている関係に僕たちは慣れすぎてしまった。細い糸は決して太くはならないのに。そして互いに彼氏や彼女が出来たとしてもこの関係は続いて、特にお互いその事は全く気にしないのでは、まで思っている。 −友達のようで、違う。でも恋人でもない− 互いのテリトリーを汚さずに、互いが楽しめれば良いとある種の淋しさを感じながらこんな関係は3ヶ月も続いている。
「昼何か食べた?・・・どこかいこうよ!」 と、聞いたと思ったら自分で答えてしまった女、答える時間も与えずに。その後を付いていく僕・・・。こんな関係は3が月も続いている。 「どうせなら、外で食べようよ。公園行ってさ」 「でもな、今にも雨が降りだしそうな空だよ?」 「気にしない!大丈夫」
白とも灰とも言えないペンキが空一面に塗りたくてられて、太陽を隠し雲の上に溜まった涙達を流そうとしているのか、悪気もなさそうにペンキはじっくりと黒に染められていく。雲の流れは速くなっている。
ファーストフード店で持ち帰りしたハンバーガーを持って、公園に向かう。入るとギター1本抱えて歌っている人、その周りでその音を聞いている人、綺麗に響く6本の弦で奏でられる和音と、どっかで聞いたことのあるような、でもないような歌は雨が降り出しそうな空に響いて消えてしまう。 −恵みの雨か、憂いの雨か− 終わると見ていた何人かが拍手、パチパチと音がするのは川とぶつかる雨の音と重なった。
「ほら、やっぱり降ってきた、どうしようか?」 「あっち側にベンチあるでしょ?そこで雨宿りしながら食べよう」 急いで向こう側に移動するために早足で歩く。短い橋を渡る最中に川を覗くとコイがこっちを向いて何かくれ!と言わんばかりに口をパクパクさせながら、せがんでいる。それを無視してベンチを目指す。
「ここでいっか、座ろうよ」 ありがたいのか、どうなのか大きな木に守られて雨には濡れないベンチに座れることが出来た。大きな傘に守られて食事をする。ゆっくりと雨は落ちる。ボートに乗る人もいる位の弱い雨、それくらいの雨。
「彼女できた?」 「出来るわけないだろ」 「残念ね」 「私、いい人見つけちゃった」 「ふーん」 「ビックリした?」 「しないよ」 「先越しちゃうかもよ」 「お先にどうぞ、僕はゆっくり探すから」
この女が何を言いたいのかが全く分からずにただ、ハンバーガーを貪った。無邪気にはしゃいでいる子供は幸せそうで何より。僕もあんな風だった時代に戻りたいと思っては虚しいだけで、ただ水面に静かにぶつかる雨が優しく奏でるアルペジオのように僕のことを慰めてくれた。
「あれ、乗ってみない?」 「ボート?」 「そう!」 「そんな年じゃないだろ!」 「いいから!行こうよ」
小雨の降る中急いでボート乗り場まで急いだ。 何だか幼い恋愛小説にできそうな場面だ、恥ずかしさが先に出てしまって何だか上手く歩けなかった。早く!と手招きする女の後を追ってボートに乗り込んだ。
「ねえ、あの橋から、木々の間から、この公園にいる全ての人が私達の事をみたらカップルだと誰しも思うよね、しかもあのカップルは別れるぞ!って付き合って間もないカップル達の話題に出てきたりしちゃうんだろうね。私達は別れたカップルなのにね、別れてから乗ってるのにね」
「じゃあ・・・ここから初めてみる?新しく」
「だめよ、ここが始まりならもう既に終わってるのよ。ここでそんな約束した瞬間に終わってしまうわ。噂通りにこれに乗ったカップルは別れてしまうのだから。終わったままでいいのよ、お互いそれで幸せなのよ」
ボートはあてもなくひどく狭い川の上を漂った。浮かぶ落ち葉がボートの行き先を教えて、静かにオールが水面とぶつかる音が響く。 その音は始まりなのか、終わりなのか・・・どっちでも僕には不吉な音にしか聞こえなかった。
優しい雨は水面にまだリズムを刻んでいる。
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