「…淋しい」 夜中の3時、電話の向こう側で話す女の1言目がこれだ。
「…私なんていても、いなくてもイイ存在だよ。死にたいよ…。」 夜中の3時2分、沈黙を破って出た2言目がこれだ。
月の光を無視して、携帯電話のディスプレイは光り輝いている。闇の中を照らす懐中電灯の様にも思えたし、明日の行方も分からない闇の中をさまよう少女の様な電話越しの女の事を思った。意外と冷静に女の話しを聞けている自分はそんな光を綺麗だな、と思いつつ灰皿に埋もれた吸殻の中からまだ吸えそうなものを選んで慎重に火を点けた。シケモクは体に悪いと良く聞くが、この電話の内容よりはずっと体には良さそうだ。
「どうした、急に」 タバコの不味さに気を取られていた時間の埋め合わせの為の言葉を1つ。
「だって…私…いてもいなくても…こんな薄情でどうしようもない女はいないほうがいいよ…」 こういう話は真面目に聞いてはいけない事をいつから知ったのだろうか?扱いに慣れてしまった自分が悲しい。もっと相手の事を思ってちゃんと聞いてあげればいいのだろうけど、そこまで優しさを持ち合わせてない。それはそうと、一年前に別れた女からの突然の電話がこんな内容とは思ってみなかった…ついてないな。
「彼氏と上手く行ってないの?」 「なんて言うか、もう嫌だ。自分の身勝手さに嫌気がさしたの。誰もいらない。」 「皆、誰もが自分勝手で身勝手だよ。世界は自分中心で廻ってるんだから。まあ、特に君の場合は特に…自由が欲しいんだろ?」 不味いタバコを消した。吸ってるうちに気持ち悪くなってきた、相乗効果って奴だ。机の上に目をやりタバコを探したが、全て空だった。ついてない時はとことんついてないらしい。途中で寝ない事を祈ろう。こういう話には慣れていても、夜には慣れていない。ディスプレイは光り続けている。朝まで導いてくれるのだろうか?
「…自由になりたい!でも一人は嫌だ!淋しくて死んじゃう。」 「お前はウサギか?」 冗談か?と思い突っ込んだ。電話の向こう側で笑う声が微かに聞こえた。もう大丈夫だなと溜息を1つ付いた。付き合っていた当時も女は自由望んだ。連絡も滅多にしない。食事も月に2、3回。淋しがり屋だとは知らなかったが、常にどこかへ行っていたらしく、「お前の女は遊んでるらしいな」と何度も違う友人から聞かされていた。気にもしなかった、それで別れるきっかけもできたし、自分にとっても都合の良い事だ。安心して遊べる。…そんな事は当然女は知らない。僕が遊んでいる事も、女が遊んでいる事を僕が知っている事も。見ない振りをした、知らない振りをした。そんな二人でバランスが取れていた。別れは当然来るものだと意識しながら、来るものは来ると。それが一年前だったというだけも話で。知らない方が良い事も時にはある。
「もう大丈夫だろ?下らない事は言うなよ」 「うん、ありがとう」 「お前は自由が一番似合ってるよ、遊ぶ男だって幾らでもいるだろ?」 「あなたには言われたくないです。そのままそっくり返します」 「夜中の3時に電話をかけてきたと思ったら、死にたいなんて言う元彼女を優しくしてやったのは誰だい?今度かけて来る時はもっとマシなネタを期待してるよ」 「すみません、感謝してます、今度おごるから!」 「今すぐ、タバコをくれ!なくて困ってるんだ」 「止めたんじゃなかったっけ?」 「君と別れてから、また吸う様になったんだ」 「私のせい?」 「どうだろうね?」 「吸いすぎない様にね」 「余計なお世話だよ!」 「じゃあ、また。ありがとう」 一方的にかけてきて、一方的に切られた。こんなもんだろうと自由の女の事を思った。何の感情も湧かない。そこには役目を終えて命の切れた様に眠る携帯電話があるだけだった。 自己中心的に地球は廻る。廻ってきたら、一周したらどうなるのだろうか?それが年齢ならば少しずつ他人の事を思いやる気持ちになるのだろう。人間は少しずつ角が取れて丸くなると言うが、その通りなのだろう。年を取る事はそう言う事なのだろう。僕や電話をかけてきた女が少しずつ丸くなっているかは別として…。それでも1年前よりは丸みを帯びているのだろう、見えない程度だろうけど。
ゆっくりと東の空が明るくなり始めていた。今日は晴れそうだな。 僕は太陽の光を無視して眠りにつく。
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