元・白血病患者の日記
 

2003年03月17日(月) なかなかドラマのようにはいかないようで

 やっとのことでジイさんの見舞いをする。一日に首を折ってから何日経過してると思ってんだか。

 荏原病院というのは、辺鄙な場所にあって電車だと駅から遠い。バスだと遠回りになるという場所にある。早めに出たつもりだったが、昼が近づくので少しだけ焦った。いくら面会時間とはいえ、食事時に行くのは看護婦さんに迷惑だ、と入院生活経験者は思ってしまう。

 部屋は四人部屋だった。窓際で上を向いたままの父親は、一回り小さくなっていた。そんな感じだった。面会用のイスにはバアさんが持ってきた着替え。完全に使わないであろうテレビは横を向き、上にバナナと缶コーヒーが乗っている。頭上にはコンセントにつながった電気カミソリがあるだけ…。他には何もない。

 毎日、何をしてるんだと聞けば「天上を見てるんだよ、仕方ねえだろ」と。こんな入院生活をしていたら、気持ちが弱ってしまうよ。体が動かないまでも音楽とか聴けるんだら何とかしないのか?

 「イヤホンはNHKしか聞けないし、耳からすぐに外れちまうからいらない」なんでウチの人はこうなのだろう。バアさんも、患者の言葉を真に受けてこれではいかんだろが。

 主治医に来てもらい、席を外して説明を聞こうとしたのだが「何度か見えられた奥さんと妹さんに詳しく説明をしていますが…そういえば長男の方ですよね。確か、はじめましてのような」妹はここ数年、口を聞いてくれないとか、母親はこの入院を最期まで隠すつもりでいた、と言っても信じてくれないだろうな。でも、一応、話をしてみたら頷いてくれた。こういう変わった家庭もあるんです。お恥ずかしい。

 バアさんの説明ではわからなかった、事故の原因がハッキリした。なんでも数年前にも(酔って)転倒し、MRIで診断し、手術をしろと言われていたのだそうな。それが救急車ですぐに担ぎこまれた病院。そこでは手術できないので、こちらに搬送されたのだが、その時の先生が後輩とかで一応の連絡があった上での処置だという。

 「最初の段階で手術をしていれば、こんなことにはならなかったんですけどね」

 …なるほど、その数年前の転倒で首をやっていて、やや麻痺は出ていたんだろう。そんな状態なのに雨の日に自転車で出かけて止めをさしたと。自業自得ではないのか? まぁ百歩譲って手術が怖い、病院が嫌いというのもあったとして、バアさんは何も言わんかったのか? もちろん、私には隠していたので始めて知ったわけだが、家族じゃないのかよー。とにかく情けない。怒鳴りつけたいけど、全部我慢。動けない人間相手に叱り付けるのはやめましょう。

 「そうしますと、面会は別々の日がいいみたいですね」って先生、そこまで気を使ってもらわなくとも、これを機会に話し合いをしたいと思います。

 ただ、こんな状況でも向こうはまだ強情になるかも知れないけど。

 再度、病室に戻る。私が白血病で入院してた時は、人の気も知らないで「俺があんなになったら病室から飛び降りる」とか抜かしたらしいが、よくよく話をすればやはり寂しいみたいだ。今度は、孫を連れて行くからな。バアさんが何を言っても。あの人は、人の気持ちを知らなさ過ぎる。

 そんな変な気持ちのまま、飯田橋で面接。入っていきなり社長らしき人物がイスにふんぞり返って、窓の外を見ながらアゴで指示を出していた。なかなか雰囲気のよろしい会社のようで。

 戻ると封書が届いてた。先週の空調タイムスだ。確か、次回は編集長を交えて面接といっていたが封書とは…。案の定、不採用の通知だった。きったねぇの。PCできるし、今時、文字定規を使える珍しい人だということで約束してたのに。やはり最期の方で聞かれた前職からの空白(白血病で入院)が原因かしら。でも言わないわけにはいかないもんなぁ。春はまだ遠い。


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