先月、2年か3年ぶりに会って、元気な彼女を見ていただけに。 一緒に遊んで笑顔を見ていただけに。 出棺前の別れは、とてもつらかったです。
才能も行動力もセンスも人柄も、同期の中で最も秀でていた彼女。 きっと将来は小説家として大成するのだろうと、彼女の本が本屋に並ぶのだろうと。期待というよりも確信に似た思いでいたのに。
彼女はもう、フードコーディネーターになることもなく、結婚することも出産することもなく、中年になることも老年になることもなく、ただ、人々の心の中にだけ生きるのみなのかと思うと。 いたたまれない。
あんなに将来有望な素晴らしい人間が死んで、 こんなに将来の展望の見えないダメ人間が生きている。 間違ってるよ、こんなの。 神様がいるなら、一発といわず2、3発、思いっきりぶん殴ってやりたい。
もう一度話がしたいよ、ゆたさん。もっといっぱい一緒にいたかったよ。 顔も声も表情もしゃべり方もしぐさも歩き方も、まだはっきりと思い出せるのに。もうニ度と、そのゆたさんに会えないなんて。 悲しいよ、寂しいよ。嫌だよ、こんなの。
事実は、今日、嫌っていうほど、認識してしまった。彼女が死んだのだという事実。それはもう、変えようがない。 あとは、それをどうやって受け止めるか。受け入れるか。 多分、時間が経過することが、一番の薬なのだろう。 彼女のいない世界に慣れるしかない。 世界は、ひどく残酷で冷酷で非道だ。
起こってしまった事実を変えることはできないから、だからせめて、祈る。 どうか彼女に冥福を。 どうか彼女に幸せな来世を。 どうか彼女を愛する全ての人の心に、せめてもの平穏が訪れますよう。
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