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2004年06月02日(水) |
■ 逃したくない美しい瞬間
前日、はりきってビデオテープを買ってきたことを書いたそばから、昨日の「正直しんどい」(原沙知絵編)を見逃しました。うわーん、うっかりしづきめ! これって、天然というより、ただの間抜け……だよなあ。はあ。うましかうましか。
しかし、堂島さんゲストの「かんさいeスクエア」は忘れず録音。1stアルバムを聴いて、デビュー当時のドウジマさんに思いを馳せたりしていたので、私的にタイムリーなラジオでした。それにしても、DJの女性はドウジマさん好き好きオーラが出てるなあ〜(笑)。 以下、聞き逃したアナタに捧げるラジオレポ。(ごめんなさい、時間がないので読み返さずにアップします。微妙なニュアンスは違うかもしれませんが、雰囲気だけ……)
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DJ:今日はスタジオに堂島孝平さんにお越しいただきました。
堂島:どうもこんばんは。堂島孝平です。お願いしまーす。
DJ:今日、来ていただいてビックリしたんですけども。足、松葉杖ついてらっしゃるんですよ。
堂島:今ツアー中で、いつもライブでハチャメチャやるんですけども、やりすぎちゃいまして。少し強く足を捻ってしまいまして。大事をとって松葉杖を渡されたという感じなんですが。実際のところは捻挫ぐらいなんで。すぐ復活すると思うんですけど。
DJ:それはライブの後半でですか? それとも前半の方ですか?
堂島:前半の方ですねえ。
DJ:じゃあファンの人、ビックリされたんじゃないですか?
堂島:いや、本番中は痛かったけれども、それどころじゃなかったので。ライブだったので。
DJ:じゃあ、一回中断してとかじゃなく、歌い続けてらっしゃったんですか?
堂島:そうですね。全然平気だったんですけど。終わってから何か痛いなーと思って。それで病院に行ったら「捻挫ですね」って言われて。これからもライブがあるので「治りを早くするには足をつかないほうが良いです」と言われて、松葉杖も貸していただいたという感じなんですけど。
DJ:そうなんですかー。まだまだライブ続きますからね。
堂島:そうですね。
DJ:ね。今回、堂島さんとは初めましてなんですけれども。デビューされたのが1995年なんですよね。で、大阪のご出身なんですよね。
堂島:生まれだけ大阪という感じなんですけどね。生まれて3ヵ月ぐらいで茨城県に行っちゃいまして。
DJ:じゃああんまり大阪の印象とかないんですか?
堂島:いや、でも親戚が、肉親関係が全部大阪なんですよ。はい。なので家の父だけが転勤で関東に行って、あとは父方も母方も全て大阪にいるんで。
DJ:じゃあ大阪に来たら「戻って来た、おかえりー」っていうふうに迎えられるわけですね。
堂島:こないだそうですね。あれ何月ぐらいかな? 三月ぐらい? 行きましたね、地元。
DJ:そうなんですか。で、茨城県の方にいらっしゃって、音楽をやろうと思ったのはずっと小さい頃からなんですか?
堂島:習い事としては小さい頃からやってましたね。ピアノとかエレクトーンとか、4才とか5才ぐらいからやってたんですけど、自分からやりたいと思って始めたわけじゃなくて。中学生ぐらいになって、バンドブームがありまして、そういうのを見てて、自分でも表現してみたいなと思って。
DJ:それ、どういう曲とかバンドとか聴いておられたんですか?
堂島:当時は何でしょうね。ブルーハーツとかね。あとユニコーンなどなど……ですね。
DJ:お好きな音楽とかあったんですよね。
堂島:そうですね。でもポップなものなら何でも好きですね。幼稚園の頃はゴダイゴとかね、大好きだったし。アニメソングもすごく好きでしたしねー。バンドブームの頃の楽曲も、良く考えてみるとすごいシンプルでキャッチ−なものが多くてですね。だから日本の音楽もそうだし、あと海外のものも、いろんなジャンルありますけども、やっぱ踊れてポップで、というものがすごく好きですね。
DJ:まさしく堂島さんが今やってらっしゃる音楽に通じるものがあると思うんですけど。それからは上京して……
堂島:ええ、そうですね。ちょうど中学校ぐらいから自分なりに音楽をやり始めて。デビューしたのが18才の時だったんですけど。高校卒業して1年後ぐらいにデビューして。現在に至るっていう。
DJ:じゃあデビューして何年になるんですか?
堂島:9年ですか? はい。
DJ:じゃあもう、今までに書きためられた曲ってすごいあるんじゃないですか?
堂島:あのー、お墓に入った曲も含めますと(笑)。
DJ:何曲ぐらいですか?
堂島:やー、何曲ぐらいでしょう? 数えたことないですね〜。でもそれが最大の遊びごとだったりしたんですよ。曲を書く、歌をつくるってことが。中学生ぐらいから、バンドをやることよりもむしろ、自分の作品をつくるっていうのがすごく楽しくて。
DJ:作詞も作曲もどっちも好きだったんですか?
堂島:そうですね。
DJ:もう覚えておられないとかいうのもあるんですかね?
堂島:もちろん覚えてないのもありますよ。ありますあります。世に出てないものも含めてですね、世に出てるものでも、あやしいものはあやしいですから。自分の中で覚えているか覚えてないか。パッと出て来たときに、一番最初に作った歌とか覚えてますね。そういのは覚えてるんですけど。
DJ:一番最初に作ったのはCD化とかされてないんですか?
堂島:されてないです。
DJ:ライブで披露したりとかってのは?
堂島:ほぼないですね。
DJ:お蔵入りですね。
堂島:お蔵入りですね。だってコードって変わっていくものですけど、最初一つのコードで、しかもマイナーコードで32小節ぐらいずっとカッティングが続くんですよ、イントロ。本当、イントロもくそもないっていうか。
DJ:でもそれリスナーのみなさんも聞いてみたい!って思ってるかもしれないですよね。こういう話されたら。
堂島:いやいやいやいや本当にねえ。若気のいたりみたいな曲ですから。でも今は、95年にデビューして、自分でこういう風な音楽が良いんじゃないか、ああいう風な音楽が良いんじゃないか、とやってきて、3年前ぐらいから自分なりにキーワードが見つかってですね。シティーポップスって昔ありましたけど、そういったカタチの21世紀型? 今の街とリンクした歌ものポップスでダンスミュージック。聴いた人が夢見れる、キラキラできるような音楽。きちんと聴かせる形のポップミュージックっていうのも良いと思けど、踊らせるポップミュージック。わくわくする、どきどきする、そういう興奮度の高い、沸点の高い音楽でありたいなあと思ってもうずっとやってますけどね。
DJ:堂島さんの音楽を聴くとホントそんな感じしますよね
堂島:ありがとうございます。
DJ:なんかこうキラキラッと目の前が明るくなれるような、そんな感じがするんですが。ではここで新しいアルバムの中から一曲お聞きいただきたいと思いますが、私がリクエストさせていただきました。堂島さんから曲紹介お願いします。
堂島:それではボク、堂島孝平で『銀色クリアデイズ』。
DJ:堂島孝平さんで『銀色クリアデイズ』をお聞きいただきました。
堂島:ありがとうございました。
DJ:これはニューアルバムの中に入っているんですよね。
堂島:そうですね。出したばっかりという感じなんですけども『FIRST BEGINNING』というニュ−アルバムの中に入っている曲です。
DJ:ですよね。3曲シングルの曲が入ってまして、いろいろと入ってるんですけども。このタイトル『FIRST BEGINNING』っていうことは、ハジマリていうようなことを意識されたんですか?
堂島:そうですね。ちょうど曲をかけてもらう前にしてた話からつながるんですけど、3年前ぐらいから自分なりに自分が何で音楽やってるのかとか、どういう音楽をつくりたいのかっていうテーマとかキーワードみたいなのがすごく見つかって、目の前が曲のタイトルじゃないですけどクリアになって、そこから走り続けてきた3年間っていうのが今回のこのアルバムに収録されてるって感じなんですね。そういう確固たる自分で音楽をやる上で大事なものみたいなのが見つかったとうのが『FIRST BEGINNING』ていうか、初めて本当に自分が始まっていく感じっていうのを感じたんで。それまでももちろん自分なりにはやってきてるんですけど、大きな変わり目だったので。
DJ:じゃあ、今回、本当にハジメテっていうのを意識した曲がたくさん入ってるってことですね。
堂島:そうですね。常に新しい興奮とか刺激を求めて毎日やってきてた感じとか。すごくいろんなことに挑戦していって、常に自分越えというか、ジャンル越えとかですね。いろんなものを飛び越えて、自分にしかできないものを作りたいなと思う気持ちがすごく強くて。自分で自分の風を起していく、そういうキッカケが、作品を聴いてもらえると、いろんなとこに転がってると思います。
DJ:いま手元にあるんですけど、野球のミットとボールを持って。まあ、ネクタイしてるんですけどね。これ、草野球とかってされるんですよね。
堂島:そうですね。ミュージシャンの友達とやったりするんですけどね。
DJ:何か関係あったりするんですか?
堂島:野球自体はそんな関係なかったんですけど。単純に僕が草野球やってた、去年の秋ぐらいから始めてやってる、というトピックがあって。『FIRST BEGINNING』のジャケットを作るときに、色として白というのをイメージしているところがあって。なおかつアクティブというか、動き出したくなるようなシャープで動きのある感じを、なんとかジャケットで表現したいなんて言ったら、白って言葉から連想されるのスポーツって野球ぐらいだと思うんですよ。白球とかね。そういうところで、「じゃあ堂島君、野球やってるんだったら」みたいなのもあって。
DJ:メンバーの方もちらっと写ってるんですが、堂島さんと前回から一緒にされてるメンバーの方でしょうかね。
堂島:GGKRというバンドがありまして。こちら、スカパラレピッシュエルマロ。わりと自分がポップス畑だとしたら、また違う畑にいる人なんですけど。そういう人たちと一緒にやることで、ポップスの枠をどんどん飛び越えていくとか、ジャンル越えをどんどんやっていけたら良いなということで。かなり力強いポップミュージックに、僕の音楽の場合はなってると思うんですが。彼らも一緒に撮影しています。
DJ:みなさんミットとボール持って同じ方向を向いて写ってたりするんですけどね。
堂島:はい。そうなんですよ。ちょっとおバカな7人組なんですけどね。
DJ:おバカといえば、っていうつながりは変ですけど、さっき曲の間に話してたら、今なんかトンカツに凝っていると言う話を。
堂島:そうですね。トンカツものすごく凝ってますね。なかなか全国各地のトンカツ屋さんに詳しい人っていないじゃないですか。それになろうと思ってるんですよ。
DJ:はー、食べ物もともと好きなんですか?
堂島:好きです好きです好きです。好きなんですよねー。特に白米というものがものすごく大好きでして。白米を食べたくなるものであれば何でも良いってのもあるんですけど。
DJ:だから白米と何かというと、いまだとトンカツなんですね。
堂島:そうなんですよ。
DJ:珍しいですね。普通あんありトンカツを追求しよういう人いないですよね。
堂島:そうです。誰もしていないことをしたいというのが常にあってですね。ラーメンとかカレーは本でもいっぱい出てるし、先駆者がいっぱいいるんですよ。でもトンカツ本をどっかの方が書いて欲しいと言われた時に、全国各地を見渡して誰が一番詳しいかと言われたとき自分が、じゃあ行かせていただきましょうか?っていう。
DJ:是非やってください。今のところ誰もいないですよ。
堂島:そうでしょ。でも最近、いろんなトンカツ屋さんをめぐっていて、気づいたことが一つあるんですよ。カレーとかラーメンはハシゴってのができると思うんですけどトンカツは無理っすね。とりあえず一件行ったら終わっちゃうし。トンカツ同好会っていうのを1人で作ってるんですが、次回のトンカツ同好会は少なくとも2週間後とかになっちゃうんですよね。続けて食べれないというネックがあるんですけど。店によって衣の揚げ方から使ってるお肉の種類から何から違うンでね。すごく面白いですよ。
DJ:なんでも研究熱心なんですね。性格的に。
堂島:おもしろいなと思うと散々そういったものを調べたくなる質ではありますけどね。
DJ:そんな堂島さんですけれども、今ツアー真っ最中ていうことなんですけども、今度、大阪でもされるんですよね。
堂島:はい、大阪の方でライブがあります。
DJ:これもやはり飛び跳ねてってことなんですけどね。足はもう大丈夫ですかね。その頃ね。
堂島:大丈夫ですねー。今ちょっとすごく大げさな感じで、「安静にしてろ」と言われてしてますけど、まあたぶん……。うん。
DJ:まあ、まだもうちょっと先ですよね。6/27ですよね。
堂島:6/27ですね。大阪のBIG CATというところでライブがありまして。まあ、ホントにライブこそ、自分が一番キラキラできる場所だと思うし。お客さんもそういう人たちであって欲しいな。やっぱ見に来てるからには、僕らもやってるからには、逃したく無い瞬間みたいな、そんな美しい瞬間をいっぱいつくりたいなと。とにかく泣きながら踊る。歌いながら踊る。そんな歌ものなライブにしたいなと思います。
DJ:是非みなさん一緒に楽しんでいただきたいと思います。最後にもう一曲聴いていただきますけど、今度の曲は『45℃』。これはどういう曲なんでしょうか?
堂島:こちらは自分が4つ打ちビートにグッとくる歌心あるメロディーを乗せるっていうのが、すごくテーマだった曲なんですけど。自分なりに21世紀の近未来の街並みを描いてみた、そんなすごく沸点の高い曲です。
DJ:では堂島さんから曲紹介お願いでしますか?
堂島:それではボク、堂島孝平で、『45℃』
DJ:今日はどうもありがとうございました。
堂島:ありがとうございました。
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